【青空を取り戻す日】二年の代償、一生の境界線
退職が決まってからの二週間は、これまでの肉体的な苦痛とは違う、精神的な「嫌がらせ」との戦いだった。
「引き継ぎはいらん、役立たずの仕事などゴミだ」と切り捨てられ、仕事を与えられない一方で、「あいつは仕事をしない」という陰口を広められる。出口の見えた地獄の、最後の悪あがきのような時間だった。
そして、最終出勤日。
フロアを出る際、私は深く頭を下げた。だが、そこには視線を合わせる者すら一人もいなかった。
静まり返ったオフィス。キーボードを叩く乾いた音だけが、かつての私と同じ「機械」たちの生存確認のように響いていた。
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会社を去り、最初の一週間は、ただひたすら眠った。
一日のうち16時間を眠りに費やし、泥のように眠ることで、身体の中に蓄積された「毒」を少しずつ濾過していったのかもしれない。
ようやく外へ出られるようになった日、私はかつて味がしなかった「美味しいもの」を求めて店に入った。
運ばれてきた料理を一口、口に含んだ瞬間。鼻を抜ける香り、舌の上で踊る旨み、そして「美味しい」という確かな感情。
気づけば、人目も憚らず涙が溢れていた。
お金はあった。使う時間がなかった。感覚がなかった。今、私はようやく、自分の稼いだ対価で「幸せ」を買い、それを味わうことができる。
そして、さらに一週間後。実家へと向かう車の中で、私は窓の外を流れる青空を眺めていた。あの会社の蛍光灯の下ではない、本当の太陽の光。
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体調が完全に元に戻るまでには、あの会社で過ごした時間と同じ、二年の月日を要した。
失った健康と時間は、そう簡単には取り戻せない。けれど、この二年間は私に「一生モノの教訓」を刻みつけた。
「これ以上は、壊れる」
その目に見えない境界線が、肌感覚でわかるようになったこと。そして、どんなに困難な壁にぶつかっても、「あの頃に比べれば、空気が吸えるだけマシだ」と思える、鋼のような精神のベースができたこと。
今の私が、あの頃の、味のしないカップラーメンを啜っていた自分に声を掛けられるなら。そっと肩を叩いて、こう伝えたい。
「君の今の頑張りは、いつか君を助ける力になる。でもね、無理だ、限界だ、と心が叫んだら、すぐに逃げる準備をしていいんだよ。君は代わりの利く部品じゃない。世界にたった一人の、人間なんだから」
- 完 -
構成:高井優希
編集:Mini=G


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