【操り人形の納品】善意の仮面を被った、究極の道具化
仲間が消え、三人分の仕事が私の弱々しい肩にのしかかった。
物理的に不可能なタスク量を前に呆然とする私に、社長はいつものように笑顔で近づいてきた。手には、会社の前にある馴染みのショップのコーヒー。
「若いんだから、徹夜すれば何とかなるでしょ?」
その笑顔に、悪意は微塵も感じられない。それが一番恐ろしかった。彼は本気で、若さという燃料を燃やし尽くせば、物理法則すらねじ曲げられると信じているのだ。
不眠不休で書いたコードには、どうしてもバグが混じりやすい。思考は霞み、指先は震える。だが、社長にとっては「完璧なプログラム」など二の次だった。
「明日の納品、一緒に行ってね。俺が説明している横で、わざと居眠りして欲しいんだよ」
耳を疑った。
「そうすれば、『うちの若手が不眠不休で頑張った』って同情を誘えるじゃん。頼むよ」
戦略的な居眠り。
私は、高品質なシステムを作るエンジニアではなく、不備を誤魔化すための「憐れな生贄」として同行を命じられたのだ。
迎えた納品当日。私は三日間の不眠で、もはや意識を保つのさえ奇跡に近い状態だった。
客先の会議室。社長の流暢なプレゼンが子守唄のように響く。瞼は鉛のように重く、抗おうとすればするほど、意識が深い闇へと引きずり込まれる。
……カクン、と首が落ちた。
「こら、寝るんじゃない!」
社長の叱責。だが、その声はどこか弾んでいた。
「すみませんね。こいつ、この一週間ほとんど不眠不休で頑張っていたものですから……」
「そうですか……そんなにご苦労をかけてしまって……」
恐縮する担当者の顔。私の心は、激しい羞恥と罪悪感で引き裂かれそうだった。三日間の地獄、削られた寿命、そして完成しなかった完璧なコード。それらすべてが、社長の「同情を引くためのパフォーマンス」として消費されていく。
私は、人間じゃないのか。
私は、この人を騙すための「小道具」なのか。
社長が手渡してくれたあのコーヒーの苦味を思い出し、私は薄れゆく意識の中で、自分という人間の底知れない安売りを嘆いていた。

構成:高井優希
編集:Mini=G


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