あなた人間?わたし人間![第7話]

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【ガスライティングの罠】責任転嫁と、消えゆく感情

味覚の消失事件から2ヶ月。 嵐の前の静けさのような日々は、営業が持ってきた「大型案件」によって無惨に打ち砕かれた。 大手企業のゲートウェイシステム。通常なら1年は要する規模の開発を、あろうことか営業は「3ヶ月でいけます」と二つ返事で受けてきたのだ。

開発部長の怒号が響く。「テメー1人でやってみろ!」

だが、振り上げられた拳は行き場を失い、結局は私たち末端のエンジニアへと振り下ろされることになった。

その日から始まったのは、デスマーチを越えた「Go to hell マーチ」。

全社員が、自分の限界を遥かに超えたマルチタスクを強いられた。

新人である私たち3人も、必死で食らいついた。上司たちのスピードには及ばない。けれど、良くて終電、ほぼ徹夜、土日も捨てて、割り振られたタスクは泥を啜ってでも完遂させていた。

そんなある日。私たち3人は会議室に呼び出された。

「……お前らの仕事が遅いから、俺らがこんなに苦労しなきゃいけねーんだよ!わかってんのか!」

入室するなり浴びせられた、上司の怒声。 私たちは何もミスをしていない。ただ、新人としての、人間としての限界速度でコードを書き続けていただけだ。それなのに、この男は「自分たちの苦労」のすべてを、新人の「能力不足」のせいにすり替えた。

15分間。狭い会議室に、論理の破綻した罵倒だけが吹き荒れる。 「お前らのせいで納期が危ない」「お前らのせいで俺たちの寝る時間がなくなる」 そして最後には、こう吐き捨てられた。

「こんなところでサボってねーで、さっさと仕事しろや!」

……呼び出したのは、あなたなのに。 会議室を出る時、不思議と悔しさはなかった。ただ、冷めた頭で「ああ、この人はストレスをぶつける先を探しているだけなんだな」という感想だけが浮かんだ。

感情が、消えていく。 怒鳴られても、理不尽を押し付けられても、心が波立たない。 それは強くなったのではなく、心が死ぬことで自分を守ろうとする「防衛本能」だった。 私たちはもう、上司の機嫌を伺いながらキーボードを叩く、感情のない部品になり果てていた。

原案:翠香
構成:高井優希
編集:Mini=G

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