【聖域の汚染】「結果論」という名の致命的な一撃
私にとって、本番環境(プロダクション)は聖域だ。 ゲートウェイシステム、POSシステム、基幹システム。一歩間違えれば億単位の損失を出し、社会インフラを止めてしまう現場の緊張感を、私はその身に刻んできた。「確認を忘れました」の一言で済む世界ではないことを、嫌というほど見てきた。
だからこそ、私は彼に、そしてチームに口を酸っぱくして言い続けてきた。 「絶対に、テストコードを本番に入れるな」 「エビデンスのないコードを、本番環境で動かすな」
だが、彼はその鉄の掟を、羽毛よりも軽い気持ちで踏みにじった。 事もあろうに、本番環境で直接テストコードを走らせたのだ。
「なぜ、そんなことをした?」 私の問いに、彼は平然と答えた。 「本番とテスト環境に、違いがあると思ったからです」
愕然とした。「違いがあったから」ではない。根拠も証拠もなく、ただ自分の頭の中でそう「思った」というだけで、彼は爆弾の信管を抜いたのだ。 そして、私の心に最後の一撃を見舞ったのは、彼のその後の言葉だった。
「でも、問題がなかったんだから、いいじゃないですか」
……プツン、と。
脳内の深い場所で、何かが千切れる音がした。 怒鳴り散らす気力すら、一瞬で霧散した。 私が10年かけて彼に教えようとしていたこと、彼を守るために盾になってきたこと、そのすべてが、この「結果論」という名の傲慢さによって無に帰した。
「問題があったかなかったか」を議論しているのではない。 プロとして、超えてはならない一線を「無自覚に超えるその精神性」が問題なのだ。 だが、彼には一生理解できないだろう。1%の違いも、1秒の重みも、そして信頼という名の積み木の崩し方も。
私は、怒鳴らなかった。社会人として、組織の長として、冷徹なまでに冷静に彼を見つめた。 しかし、その瞳の奥で、私は彼という存在を「自分の部下」というカテゴリーから完全に抹消した。
臨界点は突破された。 私の中に残っていた、彼への微かな期待という名の火は、ここで完全に鎮火したのである。
構成:高井優希
編集:Mini=G


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