【幽霊社員の椅子】温情という名の放置、そして消えた生活感
「処罰」は下されなかった。 既に有休を使い果たし、欠勤するたびに彼の給料は目に見えて減っていく。会社としては「働かない分、払わない」というドライな対応が成立していたし、何より、私は最悪の事態を想定して、彼の重要な仕事をすべてこちらへ引き取っていた。
「彼がいなくても、会社は回る」
それはマネージャーとしての私の敗北宣言であり、同時に会社が彼に与えた最後にして最大の「温情」だった。 しかし、本人はその温情の意味を理解していたのだろうか。 「期待されていない」という事実は、彼にとっての免罪符となり、欠勤の頻度はさらなる加速を見せる。
特に、週明けの月曜日は鬼門だった。 週5日の勤務日のうち、出勤するのは2〜3日。もはや、彼が「今日来るか来ないか」を予想するのは、天気予報よりも的中率の低いギャンブルと化していた。
マネジメントの現場は混乱を極める。 今日来るか分からない人間に、何を任せればいいのか? スケジュールをどう組めばいいのか? 私は毎朝、彼の席にある「空っぽの椅子」を見つめながら、その日の布陣を組み直すという無毛な作業を繰り返した。
そして、フロアに漂う疑念は、ついに彼の「家庭」へと向けられる。
「旦那がこれだけ頻繁に、しかも無断で休んでいるのを、奥さんはどう思っているんだろう」
同僚たちの声は、日増しに鋭くなっていく。 結婚式まで挙げた夫婦であれば、夫が月曜の朝に布団から出られなければ、叱咤するか、あるいは代わりに会社へ連絡を入れるのが「普通」ではないのか。 「本当に、奥さんは実在するのか?」 「そんな状況で、平気で家にいられるものなのか?」
彼が語る「家族」という輪郭が、欠勤という霧の中でどんどん薄まっていく。 物理的にはそこにいるはずの「奥さん」の存在が、彼の不誠実さによって、まるで作り話のような不気味さを帯び始めていた。
彼は、自分の給料だけでなく、自分を支えてくれるはずの周囲の信頼、そして自分の家庭の「体温」すらも、その怠惰で削り落としていた。
構成:高井優希
編集:Mini=G


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