並走する時間
「……ああ、行こう。親父」
私は自分の車に戻り、バケットシートに深く腰を下ろした。
スタートボタンを押すと、最新型のエンジンが静かに目覚める。計器類が鮮やかな光を放ち、システムチェックの針が躍る。デジタルなこの空間は、外のモノクロームな世界とはあまりにかけ離れていた。
すぐ隣で、父が銀色の旧車のエンジンをかけた。
キュキュキュ、とセルモーターが回る音が少しだけ長く響き、その直後、ドォォォン!という腹に響くような荒々しい排気音が大気を震わせた。
マフラーから吐き出される、少し濃いガソリンの匂い。
最新型の私の車からは決してしない、不完全で、だからこそ「生きている」と感じさせる機械の息吹だった。
父が窓から手を出して、前を指差した。
銀色のボディが滑り出す。私もゆっくりとアクセルを踏み、その後に続いた。
二台の「色」を持った車が、色のない海岸線を走り出す。
空の上から見れば、それはモノクロのキャンバスに引かれた、二筋の鮮やかな絵の具のようだっただろう。
父の運転は、私の記憶にある通り、丁寧でいて大胆だった。
カーブの手前でしっかりと減速し、クリッピングポイントを正確に捉えてから、一気に加速する。そのたびに、旧車のテールランプが真っ赤に燃え上がるように光り、私の網膜に焼き付いた。
私はパドルシフトを操作し、父のペースに合わせた。
こどもの頃、一生懸命に追いかけていた父の背中。
今は、フロントガラス越しに、その背中を追いかけている。
不思議な感覚だった。私は今、父のいた「過去」を追いかけているのか、それとも父が私の「未来」を導いてくれているのか。
道が長い直線に入ったところで、私は思い切ってアクセルを踏み込み、父の車の右側に並んだ。
時速は60キロ。
二台の距離は、わずか数メートル。
並走する銀色の旧車のウィンドウ越しに、ハンドルを握る父の横顔が見えた。
父はこちらを向くと、フッと口角を上げて笑い、親指を立ててみせた。
『いい車じゃないか。俺の時代には、そんな魔法みたいな車はなかった。だがな……』
エンジンの音に混じって、父の声が直接脳内に響いた気がした。
『ハンドルを通して道と会話する楽しさは、いつの時代も変わらない。そうだろ?』
私は言葉の代わりに、アクセルを少しだけ煽って応えた。
タイヤが路面を噛む感触。ステアリングに伝わる微細な振動。重力に抗う車体の粘り。
デジタルだの、アナログだの、そんなことはどうでもよくなった。
私と父は今、同じ「走る喜び」を共有している。
それだけで、胸の奥の冷えていた場所が、エンジンの熱をもらったように熱く昂(たかぶ)っていくのが分かった。
モノクロの世界の向こうから、次第に潮の香りが強くなってきた。
私たちは、この道の終着点――かつて私が父に連れられ、そして父が私に見せた、あの岬へと向かっていた。
構成:高井優希
編集:ALUM


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