【祝杯の後の静寂】「幸せ」との反比例、社会人としての機能不全
彼はついに結婚式を挙げた。 職場の仲間からも祝福され、本来なら一家の主として、より一層仕事に励むはずのタイミング。 しかし、現実は残酷だった。彼の「社会人としての機能」は、式を終えた瞬間から、まるで時限爆弾が作動したかのように崩壊し始めたのである。
まず、遅刻と突発的な休みが、もはや「日常」となった。 周囲の社員たちが首を傾げ、冷ややかな視線を送るのも無理はない。
「奥さんがいるのに、なぜ寝坊するんだ?」 「家を出る時間を過ぎるまでゆっくりしていたって……奥さんは声をかけないのか?」
普通、パートナーがいれば「そろそろ時間だよ」と促し合うものだ。だが、彼の家庭にはそのような常識的な相互作用が存在しないのか、あるいは彼がその声すらも「1%の違い」として無視しているのか。 「本当に夫婦として機能しているのか?」という疑念が、フロアのあちこちで囁かれるようになった。
さらに深刻だったのは、仕事の精度の著しい低下だ。 これまで「それなりにできていた」はずの業務で、信じられないようなケアレスミスを連発し始めた。 集中力は霧散し、目は虚空を泳いでいる。
「忘れました」
その言葉が増えるたびに、私は薄ら寒い恐怖を感じた。 昨日教えたこと、先週できたこと、10年間やってきたはずのこと……。 まるで、少しずつ記憶がこぼれ落ちていくかのように、彼は「かつての自分」を失っていった。 それは教育で解決できるレベルを超え、まるで介護をしているような、出口の見えない疲弊感を私にもたらした。
そして、言い訳のレパートリーはさらに迷走を極める。 自分の風邪、腰痛、喉の痛み。さらには「奥さんの看病」「奥さんの通院補助」。 すべての「家族のイベント」が、彼にとっては「仕事を休むための正当なカード」に変換されていく。
そしてある朝、ついにその時が来た。 連絡すら、入らなくなったのだ。
構成:高井優希
編集:Mini=G


コメント