締切がない仕事は「遊び」である。~現代の哲学者、爆誕~
その男が私の部署に「放流」されてきたとき、周囲の目は明らかに同情の色を帯びていた。「IT系学科卒」「プログラミング経験あり」。額面通りなら即戦力のはずのそのスペックが、まさか「上司の精神を効率よく削るためのバフ」として機能するとは、当時の私は思いもしなかった。
最初にお願いしたのは、ホームページで使用するバナー画像を5枚作成する業務。決められた写真に、決められた文字を載せるだけのもの。 私は彼にこう告げた。「これ、『なる早』で作ってもらえるかな?」
これがすべての始まりだった。数時間後、進捗を尋ねた私に、彼は一切の悪びれもない様子で、こう宣ったのだ。
「あ、あれ。締切がないと判断したので、半分遊んでいました。」
オフィスが凍りついた。 「遊んでいた」という言葉を、給与が発生している場所で、これほど堂々と発する人間を私は知らない。驚きを通り越し、理由を問おうとした私に、彼はさらに追い打ちをかける。
「そもそもそんな作業、わざわざ社内で作らなくても、ネットで自動生成してくれるサイトで作ればいいじゃないですかw」
……笑った? 今、彼は私を、そしてこの業務フローを「嘲笑」したのか?
彼の論理によれば、「締切が設定されていないタスク」=「遊び」であり、「自分の美学に反する効率の悪い作業」=「嘲笑の対象」なのだという。
IT学科卒というプライドがあるのか、彼はやたらと「スマートなやり方」に固執する。だが、その「スマート」の定義は、成果を出すことではなく、単に自分が楽をするか、あるいは「自分がいかに既存のやり方を軽んじているか」を示すパフォーマンスでしかない。
私は、先行き不安な気持ちを抑え彼を自分の部署に迎え入れると同時に、自分の向かいの席へ引っ越すよう指示をした。
ここからは教育ではない。「生態観察」という名の、約2000日にも及ぶ監獄生活の幕開けだった。
構成:高井優希
編集:Mini=G


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