時間の魔術師 ~バッファは、さらなる遅延への招待状~
「なぜ?」
その頃の私の脳内は、この3文字で埋め尽くされていた。 彼のポテンシャルを信じていた、というよりは、「大の大人が、昨日できたことが今日できないはずがない」という、人間としての根本的な信頼がまだ残っていたからだ。
そう難しくはない、むしろ比較的簡単な、テストツールを組む仕事。 私なら3時間、初見の彼でも2日あればお釣りがくるだろう。そう踏んで、私はあえて「2日目の16時締切」という、太平洋のように広いバッファを提示した。
だが、締切5分前。私の耳に届いたのは、驚愕のフレーズだった。 「途中までしかできていません」
……なぜ? 1日目の夕方に進捗確認したときも、2日目の昼に進捗確認したときも、「問題ありません」と君は言ったじゃないか。 その「問題」の定義は、もしかして「(私の心臓がまだ動いているから)問題ありません」という意味だったのか?
その後も、彼の作業スピードは常に私の想定の1.5倍以上はかかった。 「もしかして、私の見積もりが厳しすぎるのか?」 部下を追い詰めてはいけない。そう反省した私は、次回のタスクで、あらかじめ彼の自己申告のさらに1.5倍の期間を用意することにした。
「ゆとりが、心の余裕と、確実な仕事を生むはずだ」
そんな淡い期待は、数日後、無惨に粉砕される。 期間を1.5倍に増やした結果、彼はさらにその1.5倍の時間をかけて、当然のように遅れてきたのだ。
1.5 × 1.5 = 2.25。 彼に時間を与えれば与えるほど、完成は遠ざかっていく。 まるで、走れば走るほどゴールテープが後ろに下がっていく悪夢を見ているようだった。
この時、まだ私はタスク管理ツールを導入していなかった。 彼のブラックボックス化した頭の中で、時間がどのように溶けているのか、可視化できていなかったのだ。 「なぜ、前回できたことに、今回の方が時間がかかるのか?」
その答えを、私はまもなく「声」によって知ることになる。
構成:高井優希
編集:Mini=G


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