秋が、静かに深まるころのことだった。
古い商店街の外れに、いつの間にか小さな店ができていた。
木の引き戸に、白い文字でこう書いてある。
―― 灯(あかり)
灯のつく日
店の前を通るたび、私は気になっていた。
店の名前らしき文字以外、看板も、宣伝もない。ただ、夕方になると橙色の光が、隙間からふわりと漏れるだけ。
ある日、思い切って戸を引いた。
からり、と澄んだ音が鳴る。
中は、思ったよりも広くはなかった。
棚には、小さなガラス瓶が並んでいる。
それぞれの瓶の中に、ほんのりと光が灯っていた。
「いらっしゃいませ」
奥から現れたのは、見た目では年齢のわからない店主だった。
柔らかい声で、こう言った。
「ここは、“灯”を扱う店です」
「……灯?」
「ええ。なくしてしまった灯や、まだ気づいていない灯を、少しだけ」
言っている意味がよくわからず、私は半信半疑のまま棚を見た。
ある瓶の中には、雨上がりの匂いのような光。
別の瓶には、湯気の立つスープのような、あたたかい光。
また別の瓶は、夕焼け色にゆらゆら揺れている。
「これは何ですか?」
「それぞれ、誰かの“灯”ですよ」
店主は、ひとつの瓶を手に取った。
「これは、“おかえり”と言われた日の灯。
これは、“大丈夫だよ”と背中をさすられた日の灯。
そしてこれは、“自分でやってみる”と決めた日の灯」
私は、胸の奥が少しだけ熱くなった。
「……売り物なんですか?」
店主は、ゆっくり首を振った。
「いいえ。これは、思い出してもらうためのものです」
そう言って、店主は私をじっと見た。
「あなたにもありますよ。最近、少しだけ暗くなっている灯が」
少しだけ暗くなっている…
そう言われて、思い当たることがあった。
忙しさに追われて、
誰かのために何かをすることはあっても、
自分の心がどんな色をしているか、確かめる余裕がなかった。
「目を閉じてください」
私は言われるまま、目を閉じた。
すると――
遠い日の台所の匂い。
小さな手を引いた帰り道。
誰かが、何気なく言ってくれた一言。
「ありがとう」
胸の奥に、小さな灯がぽっと灯った。
目を開けると、店主は微笑んでいた。
「それが、あなたの灯です」
………
店を出ると、外はもう夕暮れだった。
空は淡い橙色に染まり、どの家の窓にも、あたたかな光が灯っている。
ふと振り返ると――
そこにあったはずの店は、なかった。
空き店舗のシャッターが、静かに閉まっているだけ。
けれど、不思議と驚かなかった。
胸の奥には、確かに小さな灯がある。
消えそうで、でも消えない光。
その日から、私は時々立ち止まる。
夕方の光を見て、
湯気の立つスープを見て、
「おかえり」と言う前の、ほんの一瞬。
胸の奥の灯を、確かめる。
あの店は、きっと――
自分の灯を思い出させてくれる場所だったのだ。
そして今日も、どこかの町の外れで、
からり、と戸の開く音がしているのかもしれない。
構成:高井優希
編集:灯-AkarI-


コメント