Epic Chronicle — Final Episode
魂の駆動OS
― 噛み合わない歯車たちの叙事詩 ―
Episode 16 — Final
朝が来て、夢が終わる
塔を出た夜、四人は焚き火を囲んで、それぞれの変化を語り合った。ガレオンは「楽になった」と言い、フィリアは「止まっても大丈夫とわかった」と言い、セレナは「怖さの方向が変わった」と言い、アルディスは「手順が自分じゃないとわかった」と言った。「帰ったらみんなに会いたくなったらどうすればいい?」というフィリアの問いに、ガレオンは「だから、それまでに覚えておけ。ちゃんと」と言った。
王都への帰り道は、来たときより短く感じた。
魔物の気配は消えていた。枯れ谷を抜けるとき、あれほど緊張した場所が、ただの岩場になっていた。廃砦を通ったとき、亀裂の夜を思い出した。廃村を通ったとき、バラバラに眠った夜を思い出した。
どの場所も、来たときより、少しだけ小さく見えた。
そういうものなのかもしれない、とアルディスは思った。 怖かった場所は、通り過ぎると、ただの場所になる。
王都エクウィリアに戻ったのは、出発から数えて四日後だった。
城の謁見室に通されると、王ヴァルナスがいた。 塔で見た姿より、さらに衰えていた。でも表情は穏やかだった。隣に、ヴォルダムがいた。黒い鎧も仮面も歯車の結晶もなく、白い装束を着た老人として、父の隣に座っていた。
「……戻ってくれた。感謝する。約束通り、今から召喚を解く」
「……その前に、一つだけ聞いていいか」
「何でも」
「……あんたは、後悔していないか」
王は少し驚いた顔をした。それから、静かに答えた。
「……嘘をついたことは、後悔している。だが……息子の隣に、最後に座れたことは、後悔していない」
ガレオンは何も言わなかった。でも、頷いた。 それで十分だった、と思う。
召喚の術を解く儀式は、謁見室の中央で行われた。
王が古い言葉を唱えると、四人の足元に光の紋様が浮かんだ。 歯車の形をした、青白い光だった。
光がゆっくりと広がっていく。
体が、少しずつ軽くなる感覚があった。
この世界の重力が、手放されていくような。
時間があまりない、とアルディスは感じた。
言いたいことがある、と思った。
「……三人に、言っておきたいことがあります」
光の中で、三人がアルディスを見た。
「フィリアさん。あなたの跳躍の速さに、何度も助けられました。止まれるようになったあなたも、止まれなかったあなたも、どちらも同じくらい、必要だった」
「……っ、急に何、改まって」
「ガレオンさん。あなたが前に出てくれるたびに、私は後ろで考えることができた。あなたの盾がなければ、何度も終わっていた」
ガレオンは何も言わなかった。ただ、目を逸らさなかった。
「セレナさん。あなたの『言葉って、つもりとは違う形で届くことがある』という言葉が、この旅でずっと、私の中にありました。あの夜、言ってくれてありがとうございました」
セレナは、手帳を胸に抱えて、静かに笑った。
「……私も言う! アルディスは、手順ばっかりって思ってたけど……塔の前で初めて笑ったとき、めちゃくちゃ安心した。ちゃんと人間だって思って」
「……俺は……」
ガレオンは少し間を置いた。
「……悪かった。何度も。……それと、おまえたちと旅ができて、よかった。それだけだ」
光が、強くなった。
「……また、会えますか」
誰も答えなかった。 でも、誰も「会えない」とも言わなかった。
光が、四人を包んだ。
朝だった。
天井が白くて、見慣れた染みがあった。
枕の感触が、知っているものだった。
布団が、少し重かった。
アルディスは、自分の部屋で目を覚ました。
▶ OS:ロジカル・アイアン 覚醒ログ
▶ 現在地:元の世界 自室 [確認]
▶ 体の状態:正常 疲労なし
▶ 記憶の状態:……
▶ ガレオンの声。フィリアの笑い声。セレナの手帳。
▶ 焚き火。石の矢印。三枚の手紙。届かない手紙を書く夜。
▶ 「言葉って、つもりとは違う形で届くことがある」。
▶ 「止まっても大丈夫だった」。
▶ 「手順は道具だ。自分ではない」。
▶ ……全部、ある。ちゃんと、ある。
▶ 夢だったのかもしれない。
▶ でも、これは夢の中では学べなかった。
アルディスはしばらく、天井を見ていた。
それから、起き上がった。 いつもなら、まず今日のスケジュールを確認する。手帳を開いて、手順を確かめる。
今日は、それより先に、窓を開けた。
外の空気が入ってきた。 朝の、少し冷たい風だった。
手順書には書いていない一日が、始まろうとしていた。
― Epilogue ―
同じ朝、ガレオンは弟のアパートの前に立っていた。チャイムを押す前に、少し止まった。……防衛処理が起動しなかった。ただ、会いたかった。それだけで、指が動いた。「兄ちゃん? どっか行ってたの?」という声を聞いたとき、鎧の必要がどこにもないとわかった。
フィリアは目を覚ましてすぐ、ソラを探した。猫は布団の足元で丸まっていた。「ソラ!」と叫んで飛びつくと、嫌そうな顔で逃げた。それでも追いかけた。……今日は、授業に出ようと思った。面白い授業だけじゃなくて、全部。止まれる自分を、少し試したかった。
セレナは神殿へ向かう前に、手帳を一冊丸ごと読み返した。旅の記録が、最初のページから最後まで書いてあった。最後のページには、四人が変化を語った夜の言葉が並んでいた。……神殿の門の前で、確認する回数が三回から一回に減っていた。それに気づいたとき、静かに笑った。
アルディスは、その日、手順書を一度も開かなかった。何かをするたびに「次は何か」を感じながら、それに従って動いた。夕方、一人でコーヒーを飲んでいるとき、ふと思った。——ガレオンは、弟に会えただろうか。フィリアは、ちゃんと授業に出ただろうか。セレナは、神殿に謝りに行けただろうか。答えは、わからない。でも、考えた。それだけで、十分な気がした。
OSは、変わらなかった。
ロジカル・アイアンは今日も手順を好む。
シールド・エゴは今日も少しだけ先に壁を作る。
フラッシュ・リープは今日も何かに向かって跳びたがる。
セーフティ・レクイエムは今日も確認してから動く。
それでいい。
噛み合わない歯車が、同じ軸の上で回るとき——
それが、この物語が伝えたかったことだった。
▶ OS:ロジカル・アイアン 最終ログ
▶ この旅は、夢だったのかもしれない。
▶ でも夢の中で学んだことは、覚めても残る。
▶ 「手順は道具だ。自分ではない」。
▶ これを、今日から手順書の一行目に書く。
▶ ……処理継続。
▶ 明日も、動く。
― 全十六話 完結 ―
魂の駆動OS ― 噛み合わない歯車たちの叙事詩 ―
コメント