Epic Chronicle
魂の駆動OS
― 噛み合わない歯車たちの叙事詩 ―
Episode 15
帰り道と、それぞれの朝
駆動石が砕け、ヴォルダムが三十二年ぶりに解放された。「止まった。やっと止まった」という声は、初めて人間のものだった。フィリアは「全部じゃないけど、まあいいです」と王を許した。アルディスは「倒す」ではなく「解放します」と言った。その言葉を選んだのは、手順ではなく、自分だった。
塔を出たのは、夕方だった。
外の空気は、入ったときと同じ冷たさのはずなのに、どこか違う匂いがした。 空が、広かった。
終焉の塔が、背後に静かに立っていた。
歯車の紋様は、もう光っていなかった。
ただの石の塔として、そこに在った。
魔物の気配も、消えていた。
北の空に、星が出始めていた。
「……お腹すいた」
「……同じだ」
「食料の残量を確認します。えっと……干し肉が四人分、硬いパンが……」
「多い? 少ない?」
「……多くはないですが、今夜は足ります」
それで十分だった。
四人は、塔から少し離れた丘の上に腰を下ろして、食事をした。 豪華ではなかった。それでも、これまでで一番、ゆっくりと食べた気がした。
焚き火を起こして、四人が円になって座った。 この旅で何度もしてきた光景だったが、今夜は少しだけ違った。 誰も、早く寝ようとしなかった。
火の粉が、夜空に向かって上がっていく。
四人の影が、揺れていた。
どこかで虫の声がして、それが不思議と、この世界の音だと思った。
「ねえ……帰ったら、みんなのこと覚えてるかな」
唐突な問いだった。でも誰も笑わなかった。
「……召喚術の記録によれば、記憶は持ち帰れるはずです。ただ……夢のように曖昧になる可能性も」
「曖昧になったら、嫌だな。ガレオンの怒った顔とか、セレナのチェックリストとか、アルディスが塔の前で立ち止まったこととか……ちゃんと覚えていたい」
▶ OS:フラッシュ・リープ 記録ログ
▶ 今この瞬間:跳躍していない
▶ 理由:ここにいたいから
▶ 跳躍より、止まることを選んだ。
▶ ……これが、この旅で一番大きな変化かもしれない。
「……覚えているかどうかより、今ここにいることのほうが大事じゃないのか」
「それはそうだけど……ガレオンは覚えていたくないの?」
「……覚えていたい。だから今、黙って火を見ている」
フィリアが、少し笑った。
▶ OS:シールド・エゴ 夜間ログ
▶ 防衛処理:起動していない
▶ 現在の状態:ただ、ここにいる
▶ 弟のことを考えている。でも、焦っていない。
▶ 帰ったらレオに会う。それで十分だ。
▶ 今夜は……この火を、覚えておく。
セレナが、手帳を開いた。 いつものように書き込むかと思ったら、手が止まった。
「……あの、一つ聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「みなさんは……この旅で、自分が変わったと思いますか」
しばらく、火の音だけがした。
「……変わった、とは思わない。ただ、前より少し、楽になった」
「私は……止まれるようになった、かな。ちょっとだけ。あと、止まっても大丈夫だってわかった」
「手順が、自分じゃないとわかりました。……それだけで、ずいぶん違う気がします」
セレナは、三人の言葉をゆっくりと手帳に書いた。 そして、自分の答えを書き足した。
▶ OS:セーフティ・レクイエム 旅の記録ログ
▶ 自分の変化:
▶ 確認の回数が減った。しかし安心感は増した。
▶ なぜか:確認していたのは「失敗しないため」だった。
▶ 今は「誰かのために動くため」に確認している。
▶ 目的が変わると、OSの使い方が変わる。
▶ それを、この旅で教わった。
「……私は、怖がる理由が変わりました。失敗が怖かったのが……みんなのことが心配で怖くなった。それが、意外と、ずっと動きやすかったです」
誰も何も言わなかった。 それで十分だった。
火が小さくなってきたころ、アルディスは空を見上げた。
この世界の星は、元の世界と少し配置が違う。でも、同じくらい、多かった。
帰ったら何をするか。まだわからない。 でも今は、わからないことが怖くなかった。
この旅が終わる。その事実が、少し前まで怖かった。終わった後の手順が見えないから。でも今は……終わることが、次の始まりの手順になる気がしている。それでいい、と思う。
噛み合わない四つの歯車が、同じ火を囲んでいる。
明日、王都へ向かう。召喚の術が解かれれば、それぞれの世界へ戻る。
もう会えないかもしれない。会えるかもしれない。
どちらかはわからない。
それでも今夜、この火は確かにある。
四人が、確かにここにいる。
それだけが、今の手順のすべてだった。
「……ねえ、帰ったらさ。みんなに会いたくなったらどうすればいい?」
誰も、すぐには答えなかった。
「……会いたくなったら、会いに行けばいい」
「でも違う世界だよ?」
「……だから、それまでに覚えておけ。ちゃんと」
フィリアは少し黙って、それから「うん」と言った。
セレナは手帳を閉じた。 アルディスは星を見続けた。
火が、静かに燃えていた。
▶ OS:ロジカル・アイアン 最終夜ログ
▶ 手順書に書いていないことを、この旅で教わった。
▶ 言葉の温度のこと。
▶ 届かない手紙を書く夜のこと。
▶ 止まることで、追いつけるということ。
▶ 怖さの方向が変わると、強さの形も変わるということ。
▶ 手順は道具で、意志は自分だということ。
▶ これらを、手順書に書き加える必要はない。
▶ もう、自分の中にある。
▶ ……明日、帰る。
― Episode 15 了 ―


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