Epic Chronicle
魂の駆動OS
― 噛み合わない歯車たちの叙事詩 ―
Episode 14
駆動石が、砕けるとき
最深部で、魔王ヴォルダムと王ヴァルナスが待っていた。ヴォルダムは王の息子だった。三十年前、強すぎる意志で駆動石を暴走させ、「守る」が「全てを制御する」へと変質した。「もう疲れた。止めてくれ」という言葉に、四人は頷いた。アルディスは初めて「これは手順ではなく、意志だ」と気づいた。
戦いは、あっけないほど静かに始まった。
魔王ヴォルダムは抵抗しなかった。 ただ立っていた。両腕を下げて、四人を見ていた。 体から伸びた歯車の結晶が、低く軋んでいた。
それでも、駆動石は止まらなかった。 三十年間回り続けたOSは、主の意志とは切り離されて、まだ動いていた。 ヴォルダムの体が、自分の意志に反して動き始めた。
「……止まれない。体が、止まれない。意志では、もう制御できない」
▶ OS:原初の駆動石 最終ログ
▶ 主の命令:停止
▶ 処理結果:拒否 ——目的未達のため
▶ 目的:王国を守る 達成率:0%(現在も脅威が存在するため)
▶ 停止条件:目的の完全達成 または 外部からの強制停止
▶ ……三十年。一度も止まっていない。
▶ 主が泣いている。それでも、止まれない。
ガレオンが盾を構えた。アルディスが剣を抜いた。フィリアが魔法の火を両手に灯し、セレナが詠唱を始めた。
ヴォルダムの体が動いた。速かった。でも、四人も動いた。
戦いながら、アルディスは考えていた。
ヴォルダムのOSは暴走している。でも本人は止まりたがっている。 外側から強制停止させるには、駆動石を破壊するしかない。 駆動石は胸の奥にある。
手順を考えるよりも早く、体が判断していた。
「受け止める。アルディス、道を作れ!」
ガレオンがヴォルダムの正面に立ちふさがり、全力で受け止めた。 重装備の体が、床を削りながら押し込まれる。それでも止まった。
「右腕、封じる!」
フィリアの炎が、ヴォルダムの右腕の結晶を絡め取った。動きが鈍った。
「アルディスさん、今です!」
セレナの防護魔法が、アルディスの周囲に薄く展開した。 道が、開いた。
手順はない。ただ、三人が作ってくれた一瞬がある。それだけだ。
アルディスは走った。
剣を構えながら、迷わなかった。 ヴォルダムの胸、駆動石のある場所へ、剣を向けた。
「……解放します」
剣が、駆動石に触れた。
音は、思っていたより小さかった。
ガラスが割れるような、澄んだ音が一つ。
それから、光が広間に満ちた。
歯車の軋む音が止んだ。
塔全体が、息を呑むように、静かになった。
ヴォルダムの体から、結晶が崩れ始めた。 黒い鎧が、砂のように散った。 仮面が落ちた。
その下にいたのは、老いた男だった。 白髪で、目を閉じて、静かに息をしていた。 立っていられなくなって、膝をついた。 アルディスが支えた。
「……あ、ああ……」
言葉にならなかった。 ただ、涙が、頬を伝った。
「……止まった。やっと、止まった」
▶ OS:原初の駆動石 シャットダウン完了
▶ 稼働時間:三十二年、七ヶ月、十四日
▶ 最終処理:停止
▶ 主の状態:解放 [確認]
▶ ……お疲れさまでした。
王ヴァルナスが、息子のそばへ這うように近づいた。
「……ヴォルダム。ヴォルダム」
「……父上。……長い、夢を見ていました。怖い夢だった」
「……わかっている。すまなかった。止めてやれなかった」
「……いいえ。私が、強く願いすぎた。それだけです」
四人は、少し離れたところで、それを見ていた。
フィリアが、ローブの袖でそっと目をぬぐった。 ガレオンは黙って、鎧の胸当てを、片手で押さえていた。 セレナは手帳を開いて何か書こうとしたが、ペンを持ったまま止まった。
三十二年分の沈黙が、
その広間に、静かに降り積もっていった。
憎しみではなかった。怒りでもなかった。
ただ、長い時間が、やっと終わった、
そういう種類の静けさだった。
しばらくして、王が四人を見た。
「……約束を果たす。召喚の術が解ければ、おまえたちは元の世界へ戻れる。この塔が沈黙した今、その力は戻るはずだ」
「……あんたは、どうなる」
「召喚の力を使い果たした者は、長くは生きられない。それは……わかっていた。でも、今日ここに来られた。息子に会えた。それで十分だ」
ガレオンが、拳を握った。何か言いたそうにして、何も言わなかった。
「……利用したことを、怒らないわけじゃないけど」
「そうだろうとも」
「……でも、あなたがここに来たのは、息子を助けたかったから。それは本当のことだと思う。だから……まあ、いいです。全部じゃないけど」
王は、かすかに笑った。
「……王様。お体に、気をつけてください」
「ありがとう。……おまえたちは、噛み合わなかったと聞いていたが」
「今も、噛み合っていません。ただ……同じ方向を向くことを、覚えました」
王は、もう一度笑った。今度は、もう少し深く。
塔が、静かだった。
歯車は、もう軋んでいなかった。
でも、止まってはいなかった。
ゆっくりと、穏やかに、ただ回っていた。
▶ OS:ロジカル・アイアン 戦闘後ログ
▶ 今回の行動:手順なし 意志のみ
▶ 結果:ヴォルダム、解放 [確認]
▶ 四人全員、無事 [確認]
▶ 補記:「解放します」と言った。
▶ 倒す、ではなかった。
▶ その言葉を選んだのは、手順ではなく……
▶ 自分だった。
― Episode 14 了 ―


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