Epic Chronicle
魂の駆動OS
― 噛み合わない歯車たちの叙事詩 ―
Episode 10
分裂
廃砦で見つけた水晶球が告げた。王ヴァルナスは真実を隠している。駆動石を壊せば、王は力を失って死ぬ、と。激した怒りをアルディスへぶつけたガレオン。「おまえに俺の事情がわかるか!」という声が、砦の石壁に響いた。その夜、四人はバラバラのまま夜を越えた。
翌朝、ガレオンはいなかった。
荷物もなかった。 ただ、砦の入口の石に、短い傷が刻まれていた。 矢印の形をした傷が、北を向いていた。
それだけが、残されていた。
言葉ではなかった。
説明でも、謝罪でも、宣言でもなかった。
ただ、方向だけが、そこにあった。
「……一人で行った」
「追いかけます、か……?」
アルディスは、石の矢印を見つめていた。
▶ OS:ロジカル・アイアン 処理停止中
▶ 入力:ガレオン、単独離脱
▶ 手順①:追跡するか判断する ……処理中
▶ 手順②:残り三人で続行するか判断する ……処理中
▶ 手順③:砦に留まるか判断する ……処理中
▶ エラー:全手順が同時に処理中のまま、進まない。
▶ 昨夜から、何かが詰まっている。
▶ ガレオンを怒らせたのは、自分だ。
▶ 「おまえに俺の事情がわかるか」。
▶ ……わからなかった。わかろうとしていたか?
▶ 処理不能。フリーズ継続。
フィリアが、アルディスの腕を引いた。
「追いかけよう」
「……ガレオンさんは自分の意思で」
「わかってる。でも追いかける」
「それは感情的な判断です。今の状態のガレオンさんに追いついても、さらに衝突するだけかもしれない。少し時間を置いてから――」
「アルディス!」
フィリアが、アルディスの目を真正面から見た。 きらきらではなく、真剣な目だった。
「ガレオンが怒ってたのは、アルディスのことが嫌いだからじゃない。あいつ、こわかったんだよ。王に裏切られたかもしれないって。帰れないかもしれないって。弟に会えないかもしれないって。……だから誰かにぶつけるしかなかった。それがたまたま、アルディスだっただけだ」
アルディスは何も言えなかった。
「私、元の世界で何度も置いてかれた。先に動きすぎて、友達に呆れられて。追いかけてほしかったけど、誰も来なかった。……だから、私は行く」
フィリアの言葉が、処理の詰まりを、少し動かした。……ガレオンは怒っていたのではなく、怖かった。それが「おまえに俺の事情がわかるか」という言葉だった。自分は、その言葉の表面だけを見ていた。
三人は北へ走った。
ガレオンの足跡は、街道を外れて岩場を登っていた。重装備のくせに、足が速い。フィリアが先頭を走り、セレナが荷物を抱えてついていき、アルディスが後ろから続いた。
岩場を登り切ったところで、ガレオンの背中が見えた。 尾根の上で立ち止まって、遠くを見ていた。 その先には、終焉の塔の影があった。
三人が近づいても、ガレオンは振り返らなかった。
「……追ってくるな、と思っていた」
「追ってきた」
「……見ればわかる」
しばらく、誰も何も言わなかった。 風が尾根を吹き抜けた。
「……昨夜、考えた。王が本当のことを言っていないとして、俺たちには何ができる。駆動石を壊せば王が死ぬかもしれない。壊さなければ魔王は生き続ける。どちらを選んでも、誰かが犠牲になる」
「……俺は、そういう選択が嫌いだ。白か黒かを決めなければいけない場面が、ずっと嫌いだった。親がいなくなったとき、弟の面倒を見るか施設に預けるか。仕事を辞めるか続けるか。全部、どちらかしかなかった。……そのたびに、正しいかどうかわからないまま、決めてきた」
ガレオンの声は、怒っていなかった。 疲れていた。
▶ OS:シールド・エゴ 低出力モード
▶ 防衛処理:一時停止中
▶ 理由:防衛を続ける気力が、今はない。
▶ 発話内容:通常は開示しない領域の情報を、開示した。
▶ リスク:脆弱性の露出 [高]
▶ しかし:追いかけてきた三人が、ここにいる。
▶ ……それが、何かを変えている。
アルディスは、ガレオンの隣に立った。 昨夜の自分を、整理しながら。
「……昨夜、私はあなたの怒りの表面だけを見ていた。怖かったんですよね。帰れないかもしれないと思って」
「……フィリアに聞いたか」
「言ったよ。だって本当のことだもん」
ガレオンは短く鼻を鳴らした。
「私も、怖かった。手順を信じることしかできなくて、でもその手順が誰かを傷つけているかもしれなくて……それが、わからなくなっていた」
「……おまえが手順を大事にするのは、わかっている。俺には、そういうやり方がない。だからいつも苛立つ。……俺の苛立ちは、おまえへの怒りじゃなかった。自分に対してだ」
ガレオンとしては、驚くほど長い言葉だった。
セレナが静かに、でもはっきりと言った。
「……私たち、四人とも、自分のOSに苦しんでいますよね。でも同時に、自分のOSでしか動けない。それが……この旅でずっと、そうだった気がして」
誰も反論しなかった。
フィリアは黙って、塔の影を見ていた。
「四人とも、自分のOSに苦しんでいる」。セレナの言葉が、じんわりと沁みた。
……私は、止まれないことが怖かった。止まったら置いていかれると思っていたから。でも今、止まって追いかけてきた。それでも、置いていかれなかった。
それが、今日学んだことだった。
尾根に四人が並んで、終焉の塔を見た。
分裂は、半日で終わった。 でもその半日に、これまでの旅全部より大切な何かが詰まっていた気がした。
「……王の件は、どうする」
「塔に着いてから、考えましょう。今はまだ、水晶球の声が正しいかどうかもわからない。……でも、正しかったとしても、この旅を続ける理由は変わらない」
「……なぜだ」
「魔王を倒さなければ、この世界の人々が苦しむ。それはあの水晶球が何を言おうと、変わらないから」
ガレオンは何も言わなかった。 でも、下りる方向は、塔へ向かっていた。
▶ OS:ロジカル・アイアン 再起動
▶ フリーズ解除
▶ 新規手順を設定:
▶ 手順①:四人で塔へ向かう
▶ 手順②:王の件は、塔に着いてから判断する
▶ 手順の更新:「手順を押しつけない」を組み込む
▶ 注記:ガレオンが下りていく。フィリアが先頭を走っている。
▶ セレナが手帳を閉じて、歩き始めた。
▶ これが、今の「正しい手順」だ。
四人が、尾根を下りた。
分裂は終わった。 でも何かが、ひびの入ったまま続いている。 ひびが入った歯車は、入っていない歯車より、もしかしたら、少しだけ柔らかく噛み合うかもしれない。
それが答えかどうかは、まだわからなかった。
― Episode 10 了 ―


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