Epic Chronicle
魂の駆動OS
― 噛み合わない歯車たちの叙事詩 ―
Episode 09
亀裂の種
枯れ谷の戦闘でセレナが確認なしに前へ出た。守りたいものが恐れを上回ったとき、慎重さは最大の武器になった。そしてアルディスの処理ログに、静かな問いが生まれた。「手順への固執は、欠点なのか、それとも……」と。
枯れ谷を抜けてから二日。四人は順調に北へ進んでいた。
道中の小競り合いはあったが、八話までの経験が活きていた。フィリアは突撃の前に一声かけるようになり、セレナは咄嗟の局面で手帳を閉じて動けるようになっていた。ガレオンは相変わらず口数が少ないが、アルディスの手順説明を以前より少しだけ待つようになっていた。
噛み合っていないが、慣れてきた。 そういう段階に入っていた。
それが、亀裂の種だったのかもしれない。
事件は、廃砦の跡地で起きた。
地図では「旧ラグナルド砦・放棄済み」と記されていた場所だったが、実際に来てみると、砦の一部がまだ使用可能な状態で残っていた。塔への道の中継地点として、野営に使えそうだった。
問題は、砦の内部に何かがいることを、フィリアが「感じた」ことから始まった。
「ねえ、この砦の奥、なんか気配しない? 魔物じゃなくて、もっと……違う感じの」
「セレナさん、察知魔法では何か」
「魔物の反応はありません。ただ……微弱な魔力の残滓のようなものが、奥の部屋から感じられます」
「放棄された砦だ。古い魔法道具の残りかもしれん。調べる必要はない」
「念のため確認します。危険があるかもしれないので、全員で――」
フィリアはすでに砦の奥へ向かって歩き始めていた。
「……フィリアさん」
「今回は一人じゃないよ! みんなついてきて!」
先に動いたが、一人ではない。声もかけた。……第七話からの変化だ。記録しておく。
砦の最奥の部屋は、かつて指揮室だったらしく、石の机と朽ちた椅子が残っていた。 そして壁際に、水晶球のような球体が置かれていた。拳ほどの大きさで、内部にうっすらと光が揺れている。
「これだ! なんか、話しかけてくる感じがする!」
「あの、触れる前に安全確認を……呪いや罠の可能性が」
フィリアはすでに球体を両手で持ち上げていた。
瞬間、球体が強く光った。 部屋に響くように、声が聞こえた。
「……ようやく来たか。異世界の者たちよ。おまえたちに、伝えなければならないことがある」
声は、かつてこの砦を守っていた魔法使いのものだという。 すでに死んでいて、最後の伝言だけを球体に残していた。
その内容が、問題だった。
「魔王ヴォルダムは、ただの敵ではない。あれは、かつてこの国を守ろうとして、OSに飲み込まれた者だ。強すぎる意志が、OSを暴走させた。……そして今、魔王の核『原初の駆動石』を破壊すれば、魔王は死ぬ。だが同時に、召喚した側の力も消える。つまり――おまえたちを召喚した王の力も、失われる」
沈黙が落ちた。
「……どういうことですか」
「王ヴァルナスは、おまえたちに真実を話していない。駆動石を壊せば、彼は力を失い、やがて死ぬ。それを承知の上で、おまえたちを使った。……あとは、おまえたちが決めることだ」
球体の光が、静かに消えた。
部屋に、重い沈黙が残った。
最初に口を開いたのは、ガレオンだった。
「……利用された、ということか」
「この声が本当のことを言っているかどうか、まず確認する必要があります。一つの情報源だけでは――」
「確認? また確認か。おまえはいつもそうだ。何かあるたびに『確認が必要だ』と言って、立ち止まる。その間に、状況は動いている」
「一つの情報で動くほうが危険です。この声が魔王側の罠という可能性も――」
「罠だとしたら何だ。俺たちはすでに動いている。止まって考えている時間が、どれだけある」
「ねえ、ちょっと……」
フィリアが割り込もうとしたが、二人は止まらなかった。
「感情で動くと、判断を誤ります。私たちには確認する義務がある」
「感情? 俺が感情で動いていると思っているのか。俺は……俺は、ただ」
ガレオンは言葉を切った。
部屋の空気が、張り詰めた。
▶ OS:シールド・エゴ 緊急防衛ログ
▶ 状況:「利用された」という事実を処理中
▶ 感知:自分が傷つけられた [高強度]
▶ 防衛処理:怒りとして外部へ向ける [実行中]
▶ 向けた対象:アルディス
▶ 本当の怒りの方向:……王か。それとも自分か。
▶ 処理不能。防衛優先。
「……弟がいる。早く帰らなければならない。それだけだ。それの何が感情的だ」
「だから冷静に考える必要があると言っています。帰るためには、正確な判断が――」
「おまえに、俺の事情がわかるか!」
声が、砦の石壁に響いた。
フィリアが「二人とも落ち着いて!」と叫んだ。 セレナが「あの……あの……」と手帳を胸に抱えて震えていた。
アルディスとガレオンは、互いを見ていた。
アルディスの中で、何かが静かに固まっていく感覚があった。 ガレオンの怒りは正当だ。王に利用されたかもしれないという怒りも、弟のために早く帰りたいという焦りも、全部わかる。
でも、だからこそ確認が必要だと思う。感情的な判断が、最も取り返しのつかない結果を生む。
それが「正しい手順」だと、アルディスは信じていた。
▶ OS:ロジカル・アイアン 処理ログ
▶ 現状分析:
▶ 新情報:王が真実を隠していた可能性
▶ ガレオンの状態:防衛機能が最大稼働中
▶ パーティの状態:分裂の兆候 [警告]
▶ 手順:まず情報の真偽確認、次に方針決定、次に――
▶ しかし:ガレオンは今、手順を聞く状態にない。
▶ 手順を押しつけることが、亀裂を深める。
▶ ……わかっている。わかっているのに、どうすればいい。
▶ 処理中。処理中。処理中。
「……今夜は、考える時間を取りましょう。結論は明日でいい」
それが、アルディスに出せた精一杯だった。
ガレオンは何も言わずに、部屋を出ていった。
砦の夜は、長かった。
四人がひとつの部屋に集まることは、その夜、なかった。
それぞれが、それぞれの場所で、球体の声を反芻していた。
▶ パーティ結束度:低下中
▶ 亀裂の発生箇所:アルディス — ガレオン間
▶ 亀裂の深度:表面亀裂から、構造亀裂へ移行しつつある
▶ 予測:このまま進行すれば、パーティ分裂の可能性 [高]
▶ 対処法:未確定。
深夜、アルディスは一人で砦の外に出た。
星が出ていた。王都の夜に、ガレオンと並んで月を見た夜を思い出した。 あのとき、ガレオンは「旅が終わるまでに、見つかるといいな」と言ってくれた。
自分は今、何かを間違えているのだろうか。 手順を信じることが、間違いなのだろうか。
答えは出なかった。 ただ、星だけが黙って、そこにあった。
― Episode 09 了 ―


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