Epic Chronicle
魂の駆動OS
― 噛み合わない歯車たちの叙事詩 ―
Episode 07
それでも、歩く
フィリアの単独行動をきっかけに、アルディスとガレオンが衝突。「心配していた」言葉が「責め」として届いた夜、四人は初めてバラバラに眠った。残されたアルディスにセレナが言った。「言葉って、つもりとは違う形で届くことがあるから」と。
夜明けは、いつも正直だ。
昨夜どんな言葉が飛んでも、朝は同じ顔をして来る。
廃村の石壁が、白い光を受けて静かに立っていた。
アルディスが目を覚ましたとき、焚き火はとっくに消えていた。 セレナが後半の見張りをしてくれていたらしく、手帳を膝に乗せたまま、浅く眠っていた。
アルディスはそっと立ち上がり、外の空気を吸いに出た。
廃村の広場には、すでにガレオンがいた。 昨夜とは別の建物で眠っていたはずなのに、もう鎧を着こんで、黙って空を見上げていた。
目が合った。 どちらも、何も言わなかった。
ガレオンは視線を外して、水筒の水を飲んだ。それだけだった。
謝るべきか。説明すべきか。……しかし何を言えば、昨夜と違う温度で届くのか、まだわからない。手順を間違えたくない。いや、「手順を間違えたくない」という考え方そのものが、また同じ轍を踏む気がする。……処理中。
フィリアが姿を現したのは、それから少ししてからだった。
いつもなら「おはよう!」と飛び込んでくるところが、今朝は静かに歩いてきた。目が少し腫れていた。
アルディスはフィリアを見て、昨夜のセレナの言葉を思い出した。 「フィリアさんは、役に立ちたかったんだと思います」。
アルディスは、一歩踏み出した。
「……昨夜は、言い方が悪かった。すみませんでした」
フィリアは少し驚いた顔をした。
「……え、謝るの」
「言いたかったことは変わりません。単独行動は危ないと、今も思っています。ただ……あなたが役に立とうとしていたことは、ちゃんとわかっていた。それを伝えずに、責める言葉ばかりになった」
フィリアはしばらく黙っていた。それから、ぽつりと言った。
「……私も、ちょっと考えた。昨夜」
「何を」
「なんで私って、いつも先に動いちゃうんだろうって。アルディスが話してる途中でも、止まれなくて。……元の世界でも、そのせいで先生に怒られてたし、友達に置いてかれることもあったし」
▶ OS:フラッシュ・リープ 深層ログ
▶ 通常:跳躍は「楽しいから」「興味があるから」という処理で実行
▶ しかし深層には:「止まっていると、置いていかれる気がする」
▶ 「先に動けば、自分が必要とされる気がする」
▶ 跳躍の本当の理由を、初めて言語化した。
▶ ……怖い。でも、言えた。
「……それを話してくれて、ありがとうございます」
「なんか、きもちわるいな。真面目な話って」
そう言いながら、少しだけ笑った。 いつものきらきらではなく、もう少し柔らかい、違う種類の笑顔だった。
出発の準備が整ったころ、ガレオンがアルディスの隣に来た。 声をかけるでも、目を合わせるでもなく、ただ隣に立った。
しばらくして、前を向いたまま言った。
「……昨夜は余計なことを言った」
「余計ではなかったです。正しかった」
「……そうか」
それだけだった。 ガレオンは謝らなかった。アルディスも謝罪を求めなかった。 それで、十分だった。
ガレオンのOSでは、謝罪はたぶん最も高コストな処理だ。「余計なことを言った」という一言が、彼にとっての精一杯だったんだろう。……それを受け取るのが、今の自分にできることだと思う。
出発前、セレナがチェックリストを読み上げていた。 いつも通りの、長いチェックリストだった。
フィリアがそれを聞きながら、珍しく最後まで待っていた。 ガレオンも、舌打ちしながらも止まっていた。
セレナが「以上です、出発できます」と言ったとき、フィリアが言った。
「……セレナって、チェックリスト読んでるとき、ちょっと楽しそうだよね」
「え……そう、ですか?」
「うん。全部確認できると、ほっとした顔になるじゃん。それ、なんかいいな、って思って」
セレナは少し目を丸くして、それからふわりと笑った。今まで見たことのない、はにかむような笑顔だった。
「……行くぞ」
ガレオンが先に歩き出した。 フィリアが「はーい!」と跳ね、セレナが「あ、待って、出発時刻の記録が……」と手帳を開きながらついていく。
昨夜と何かが変わったわけではない。 OSは変わっていない。噛み合い方も変わっていない。
それでも、どこかに小さな隙間ができた気がした。 歯車と歯車のあいだに、ほんのすこし、空気が入ったような。
謝ることと、理解することは、別のことだ。
理解することと、変わることも、また別のことだ。
それでも、知ろうとすることが、最初の一歩になる。
▶ OS:ロジカル・アイアン 朝の処理ログ
▶ 昨夜の衝突から学んだこと:
▶ 言葉の「内容」だけでなく「温度」を意識すること
▶ 相手のOSが、どう受信するかを先に考えること
▶ 「役に立とうとしている」という意図を、見落とさないこと
▶ これらは、手順書には書いていない。
▶ しかし今後の手順に、組み込む必要がある。
▶ ……更新中。
四人が街道に出た。 北の空は高く、終焉の塔はまだ遠い。
噛み合わないまま、それでも同じ方向へ。
歩くことを、やめなかった。
― Episode 07 了 ―


コメント