Epic Chronicle
魂の駆動OS
― 噛み合わない歯車たちの叙事詩 ―
Episode 06
最初の本当の衝突
出発前夜、ガレオンは弟レオへの手紙を三枚書いた。どうせ届かないとわかっていても。翌朝、アルディスは書き損じの紙に「レオ、俺だ。心配するな。」とだけ書かれた一行を見た。その先に続くはずだった言葉が、まだ見つかっていない男の背中を見ながら、旅は再び動き出した。
終焉の塔へ続く北の街道は、王都を出て二日目から険しくなった。
岩場が増え、道が細くなり、空気が薄くなる。魔物の気配も濃くなって、セレナの危険察知魔法が一日に何度も反応した。
問題は、そこから先の判断だった。
▶ パーティ内摩擦:蓄積値 臨界点に近づいています
▶ 要因①:意思決定プロセスの不一致
▶ 要因②:リスク評価基準の相違
▶ 要因③:フラッシュ・リープによる単独行動の反復
▶ 警告:次の想定外イベントで、臨界突破の可能性があります。
それは、小さな峠道でのことだった。
道の先に廃村が見えた。地図には載っていない集落跡で、建物のいくつかはまだ原形を保っている。日が傾きかけていて、野営地を探す時間だった。
「廃村を野営地に使えるか確認します。まず外周を一周して安全を確認してから――」
「確認してくる!」
フィリアはそう言って、走り出した。 アルディスが「待って」と言うより早く、廃村の中へ消えていた。
▶ OS:ロジカル・アイアン 緊急処理
▶ 手順①:外周確認 → フィリアが単独で実施中 [想定外]
▶ 問題:単独行動は安全上の手順に反する
▶ 対処:追跡か待機か……
▶ 処理中……処理中……
「……またか。あいつのせいで毎回手順が狂う。俺はもう知らん」
「あの、追いかけたほうがいいと思うんですけど、でもここで全員動くと後方が無防備になって……ど、どうしましょう……」
五分後、フィリアが戻ってきた。けろりとした顔で。
「確認した! 奥の建物二棟は使える! 魔物の気配もなし! あと井戸があったから水も補充できるよ!」
報告は正確だった。情報としては何も問題なかった。 それでも、アルディスの中で何かが張り詰めた。
「……少し、いいですか」
声が、いつもより低かった。
「フィリアさん。単独行動はやめてください」
「え? でも結果オーライじゃん。問題なかったし」
「問題がなかったのは、結果的にそうだっただけです。もし廃村に魔物がいたら? 罠があったら? 単独で対処できましたか」
「そのときはそのとき! 対処するよ!」
「『そのとき』に対処できなかったら、どうするんですか。あなたが傷つく。あるいは最悪の場合、戻ってこない。それでもいいんですか」
フィリアの顔から、きらきらが消えた。
「……なんか、怒ってる?」
「怒っていません。ただ……毎回です。毎回、確認する前に動く。私が手順を説明している途中で走り出す。それが積み重なっています」
▶ OS:フラッシュ・リープ 状態ログ
▶ 状況:批判を受けている [検出]
▶ 通常処理:別の興味対象へ跳躍して回避
▶ しかし今回:跳躍先が見当たらない。
▶ アルディスの言葉が、止まって刺さっている。
▶ なぜ止まっているのか……処理できない。
「……私の動き方が、迷惑なの」
「迷惑というより……心配です。あなたが何かあったとき、私たちは間に合わないかもしれない」
沈黙が落ちた。
フィリアは何も言わなかった。視線を地面に落として、ローブの袖をつかんでいる。
そこへ、ガレオンが割り込んだ。
「……おまえも大概だぞ、アルディス」
「何がですか」
「手順、手順、手順。毎回うるさい。フィリアが確認に行って、問題なく戻ってきた。それで十分じゃないのか。なぜいちいち責める」
「責めているのではありません。次回の安全のために――」
「次回の安全! おまえはいつもそうだ。先のことばかり考えて、今目の前のことが見えていない。フィリアが今どんな顔をしているか、見ているか?」
アルディスは、フィリアを見た。 ローブの袖を強くつかんだまま、目が赤くなっていた。
▶ OS:ロジカル・アイアン 処理停止
▶ エラー:予測していなかった
▶ フィリアが、泣きそうになっている。
▶ 自分の言葉が、そこまで届いていたとは……
▶ 「心配しています」と言った。しかし相手には「責められた」と届いた。
▶ 同じ言葉が、違う温度で届く。
▶ ……処理中。処理中。
「……俺は今夜、別の建物で休む。おまえらと一緒にいると、息が詰まる」
ガレオンは重い足音を立てて、廃村の奥へ歩いていった。
フィリアも、何も言わずに別の方向へ歩き出した。
セレナが「あの……」と声を上げたが、二人はもう振り返らなかった。
残されたのは、アルディスとセレナだけだった。
夕暮れが廃村の石壁を染めている。遠くで風が鳴った。
「……アルディスさん」
「……私が、間違っていましたか」
「間違っては、いないと思います。安全のことを考えていたのは、本当のことですし。でも……」
セレナはしばらく言葉を探した。
「フィリアさんは、たぶん……役に立ちたかったんだと思います。自分のやり方で、早く、みんなの役に立ちたくて。それを『毎回だ』と言われると……怖かったのかもしれません。自分の動き方が、全部ダメだと言われたみたいで」
「そんなつもりでは、なかった」
「……わかっています。でも、言葉って、つもりとは違う形で届くことがあるから」
アルディスは、その言葉をしばらく黙って受け取った。
言葉って、つもりとは違う形で届くことがある。
それは、セレナ自身が誰かに言われた言葉なのかもしれない、とアルディスは思った。慎重すぎるせいで、何度もそういう経験をしてきた人の、静かな言葉だと思った。
▶ OS:ロジカル・アイアン 深夜処理ログ
▶ 今日の衝突を分析する:
▶ 自分の意図:「心配」「安全の確保」
▶ フィリアへの届き方:「責め」「否定」
▶ ガレオンへの届き方:「管理」「窮屈さ」
▶ 同じ言葉が、相手のOSによって異なる温度で受信される。
▶ 「正しい手順で言葉を発した」だけでは、不十分だった。
▶ 相手のOSがどう受信するかを、考えていなかった。
▶ ……これは、根本的な見直しが必要な気がする。
夜が深くなった。
アルディスとセレナは小さな焚き火を起こして、二人で見張りを分担した。 離れた建物から、物音はしなかった。ガレオンもフィリアも、それぞれの場所で眠っているのだろう。
四人がひとつの炎を囲まない夜は、初めてだった。
――噛み合わない歯車は、ときに互いを傷つける。
それも、アルディスはまだ処理しきれていなかった。
― Episode 06 了 ―


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