Epic Chronicle
魂の駆動OS
― 噛み合わない歯車たちの叙事詩 ―
Episode 05
出発前夜、ガレオンが一人で何かしている
王都エクウィリアに到着した四人は、国王ヴァルナスから使命を告げられた。魔王ヴォルダムを倒し「原初の駆動石」を破壊すれば、元の世界へ戻れる。目的が確定した夜、ガレオンは「させているだろうから」と言い直した。弟を心配している、とは言えなかった。
王城から宿を手配してもらい、四人は久しぶりにまともな屋根の下で眠った。
翌朝、終焉の塔へ向けて出発する。それだけは決まっていた。
夕食のあと、フィリアはすぐに眠り、セレナは出発前チェックリストを作りはじめた。アルディスは地図を広げて、ルートの確認を続けた。
ガレオンだけが、宿の外へ出ていた。
王都の夜は静かだった。
城壁の上に月が昇り、石畳の路地に白い光を落としている。
どこかで水の流れる音がした。
ガレオンは宿の裏手にある小さな広場に座り、鎧の手入れをしていた。
それ自体は珍しくない。戦士が出発前に装備を整えるのは当然だ。しかし今夜のガレオンは、手入れをしながら何かを呟いていた。独り言にしては長く、でも誰かに話しかけているわけでもない。
アルディスが地図を取りに外へ出たとき、その光景を目にした。
声をかけようとして、止まった。
ガレオンの膝の上には、鎧ではなく、一枚の紙が置かれていた。
ガレオンがアルディスの気配に気づいたのは、しばらくしてからだった。 振り返った顔は、いつもの不満顔だったが、わずかに険が薄かった。
「……なんだ。覗き見か」
「地図を取りに来ただけです。何をしていたんですか」
ガレオンは紙を折り畳んで、鎧の内側にしまった。
「……手紙だ。弟への」
アルディスは少し驚いて、それ以上何も言わなかった。
「どうせ届かない。この世界から元の世界に手紙など送れるはずがない。わかっている。それでも……書かないよりはいいと思った」
▶ OS:シールド・エゴ 防衛ログ
▶ 状況:他者に弱さを開示しつつある [警告]
▶ 防衛処理を起動……
▶ しかし:「どうせ届かない」という留保は、既に挿入済み
▶ 最低限の防衛は確保されている [確認]
▶ これ以上の防衛は、不要かもしれない。
▶ ……処理保留。
アルディスは、月明かりの下でガレオンの隣に腰を下ろした。 手伝えることがあるわけでも、慰める言葉があるわけでもない。ただ、立ち去るのが違う気がした。
「……弟さんは、何歳ですか」
「十五だ。まだガキだ。……俺が面倒を見てきた。親がいなくなってから、ずっと」
「そうでしたか」
「あいつは頭だけはいい。だが、俺がいないと何もできない。飯も満足に作れないし、金の管理もできないし……」
ガレオンはそこで一瞬、口をつぐんだ。
「……まあ、俺が戻ればいいだけだ。さっさと魔王を倒して、帰る。それだけだ」
本当のことを言うなら。……弟は、俺がいなくても生きていける。そのくらいは、わかっている。ただ、俺が「いなければならない理由」がなくなると、俺はどこへ行けばいいのかわからなくなる。だから「あいつには俺が必要だ」と言い続けてきた。それが防衛なのか、それとも本当の願いなのか……もう、どちらかわからない。
アルディスは、その独白を知らない。 ただ静かに、月を見上げていた。
しばらくして、ガレオンが言った。
「……手紙の内容が、うまく書けなかった」
「何を書いたんですか」
「最初は『心配するな、俺はすぐ戻る』と書いた。それだけのつもりだった。だが……気づいたら、三枚になっていた」
アルディスは少し笑いそうになって、こらえた。
「……三枚」
「言いたいことが、あったんだろう。俺にも。……おかしいか」
「おかしくないです。全然」
ガレオンは短く鼻を鳴らして、月を見た。
「……おまえは、帰ってから何をするんだ」
「……まだ、わかりません」
「帰る理由がないのか」
「帰る理由はある。ただ……帰ってどうしたいか、まだ見えていない」
ガレオンはしばらく黙っていた。それから、ぽつりと言った。
「……旅が終わるまでに、見つかるといいな」
それは、ガレオンにしては驚くほど穏やかな言葉だった。 アルディスは「そうですね」と答えて、月を見上げた。
▶ OS:ロジカル・アイアン 夜間ログ
▶ ガレオン・データ更新:
▶ 「防衛」は、失うことへの恐怖から来ている
▶ 「強がり」の底に、守りたいものがある
▶ 三枚の手紙:届かないとわかっていても書いた
▶ 処理中……「届かない言葉を書くこと」の意味。
▶ 手順として非効率。しかし、それが必要なときがある。
▶ ……これも、手順書には書いていなかった。
翌朝、出発の前にアルディスは宿の机に一枚の紙を見つけた。 ガレオンの手紙の、書き損じだろうか。丸めて捨てようとした紙が広げられていた。
読むつもりはなかったが、書かれた最初の一行だけが目に入った。
「レオ、俺だ。心配するな。」
……それだけが書かれて、あとは空白だった。
― ガレオン
アルディスは紙を元通りに折り畳んで、そっとその場に戻した。
「心配するな」。たった五文字。それ以上何も続かなかった書き損じ。……きっとガレオンは、「心配するな」の先に続く言葉を、ずっと探していたんだろう。本当に言いたかったことが何なのか、まだ見つかっていないから、三枚になった。……そういうことだと思う。
宿の入り口では、フィリアが「早く行こ早く行こ!」と跳ね回り、セレナが「出発チェックリスト確認中です、あと三項目……」と手帳を読み上げており、ガレオンが「騒ぐな」と言いながらも出発の準備を終えていた。
アルディスは地図を鞄に入れて、四人の輪に加わった。
届かない手紙を書く夜もある。それでも朝は来る。出発は続く。
終焉の塔へ向けて、四つの歯車が、また動き出した。
― Episode 05 了 ―


コメント