Epic Chronicle
魂の駆動OS
― 噛み合わない歯車たちの叙事詩 ―
Episode 04
王都と、それぞれの思惑
魔の森を抜けた夜。焚き火を囲んだ四人は、それぞれの「元いた世界」を少しだけ語った。ガレオンの弟、フィリアの猫。強がりの裏、軽さの裏に、置いてきたものがある。アルディスは夜通し見張りを続けながら、OSの動作ではなく、その「なぜ」を初めて考えた。
王都エクウィリアに着いたのは、旅立ちから三日目の昼過ぎだった。
高い城壁に囲まれた都市は、遠目にも息を呑むほどの規模だった。
城壁の上には無数の旗が翻り、城門には紋章が刻まれている。
紋章の意匠は、噛み合う二つの歯車だった。
「すっごい! 城壁の高さ、何メートルあるんだろ! あと紋章の歯車、なんかかっこいい! あとあと城門の衛兵、鎧がぴかぴかしてる!」
「……騒ぐな。目立つ」
「ガレオンの鎧のほうがよっぽど目立つけどね」
「……黙れ」
城門では身分確認があったが、セレナが「旅の者です」と申告し、衛兵が四人の顔を一瞥して通してくれた。アルディスは、この世界では異世界人という概念が珍しくないのかもしれないと思った。
城内の広場には市場が立っていて、様々な種族の人々が行き交っていた。 フィリアがすぐさま屋台の方向へ引き寄せられかけたのを、アルディスがなんとか手で制した。
「まず情報収集です。この世界のこと、魔王のこと、元の世界へ戻る方法。何も知らないまま動くより、ここで手がかりを集めるほうが効率的です」
「賛成です……あの、情報収集の手順についてなんですが、まず信頼できる情報源を特定して、次に……」
「酒場だ。情報が集まるのは酒場と決まっている」
「酒場! 行く行く! あと市場も行きたい! あと鍛冶屋も気になる! あと――」
「……では酒場を手順①とします。フィリアさん、市場は手順③以降で」
「手順③まで生きてられるかな私」
「手順③まで生きてられるか」という発言の解釈:誇張表現と判断。文字通りの意味ではない。……念のため、手順②を短縮することを検討する。
酒場「鋼鉄の杯亭」は、城壁沿いの裏通りにあった。 昼間から客が入っていて、薄暗い店内には煙草と肉の焼ける匂いが充満していた。
四人が席に着くと、がたいのいい女性の店主が水差しを持って来た。
「魔王の話を聞きたい。何か知っているか」
店内の空気が、一瞬変わった気がした。 近くで飲んでいた客が、それとなく視線を外した。 店主は顔色ひとつ変えず、水差しを置いた。
「……旅人さんたちか。ここ最近、王城の方から遣いが来ていてね。異世界から来た者がいれば、王城へ連れてくるように、と」
「王城、ですか」
「国王陛下が直々に会いたいそうだ。……行くかどうかは、あんたたちが決めることだけどね」
四人は顔を見合わせた。
「行こ行こ! 国王って絶対おもしろい人だよ!」
「罠の可能性がある。俺は行かない……とは言えないな。情報がないと動けん」
「あの、王城への訪問リスクを今すぐ試算すると……42項目あって……」
「行きましょう。現状、情報を得るための最短手順です」
全員の意見を確認した。フィリアは肯定、ガレオンは留保つき肯定、セレナは試算中、自分は手順として肯定。……珍しく、方向性が揃った。これは記録しておく価値がある。
王城の謁見の間は、天井が高く、石造りの柱が何本も並んでいた。 奥の玉座に座っていたのは、白髪交じりの、しかし目に強い光を持つ初老の男性だった。
国王は四人を見渡して、静かに口を開いた。
「よく来てくれた。異世界の勇者たちよ」
「勇者! やばい、勇者だって!」
「……黙れ」
「この国は今、魔王ヴォルダムの脅威にさらされている。三年前から始まった侵攻は、今や国の六割にまで及んでいる。我が国の兵では歯が立たぬ。古い予言には、こうある。――『噛み合わぬ歯車たちが軸を得るとき、魔王の駆動は止まる』と」
アルディスは思わず背筋を正した。 噛み合わぬ歯車。それはまさに、この四人のことではないか。
「……元の世界へ戻る方法は、ありますか」
「ある。魔王の核――その胸に宿る『原初の駆動石』を破壊したとき、召喚の力が解放され、おまえたちは元の世界へ戻れるだろう」
静寂が落ちた。
■ 目的が確定した。
魔王ヴォルダムを倒し、「原初の駆動石」を破壊する。
それが、元の世界へ戻るための唯一の手順だ。
「……話は分かった。だが一つ聞く。魔王の居場所は」
「北の果て、『終焉の塔』の最深部に潜んでいる。ただし、そこへ至る道には魔王の手下が何重にも展開されていて、今の王国軍では突破できない。おまえたちに頼むしかないのだ」
「あの……その『終焉の塔』までの道のりと、想定される危険について、資料はありますか? できれば項目ごとに整理されたものが……」
国王は少し目を丸くしたが、すぐに「用意させよう」と答えた。
「ねえ、魔王って強い? 強かったら燃やしたい!」
「……おまえは本当に」
状況を整理する。目的が明確になった。手順が見えてきた。問題は、この四人でそれを達成できるかどうか、だ。……魔の森での戦闘を思い出す。ばらばらで、噛み合っていなかった。それでも、動いた。前進した。……もしかしたら、それで十分なのかもしれない。処理継続。
謁見を終えて、四人は城の廊下を歩いていた。 高い窓から夕暮れの光が差し込んで、石畳に長い影を落としている。
「ねえねえ、魔王倒したら帰れるんだよね。帰ったら……ソラのごはん、まず補充しなきゃ」
「……帰ったら弟に連絡する。心配しているだろうから……させているだろうから」
言い直したのが聞こえていたが、誰も何も言わなかった。
「帰れたら……神殿に謝りに行きます。突然いなくなって、迷惑をかけているはずなので」
アルディスは、三人の言葉を聞きながら歩いた。 帰ったら何をするか。自分にとっての「帰る理由」は何か。
……正直、まだわからなかった。毎日資料を作って、手順を確認して。それが本当に、戻りたいと思える場所だったのか。
でも、この三人は帰る場所を持っている。それだけは、わかった。
▶ OS:ロジカル・アイアン 目標設定ログ
▶ 新規目標:魔王ヴォルダムを倒し、元の世界へ戻る
▶ 手順①:旅の準備を整える
▶ 手順②:終焉の塔へのルートを確認する
▶ 手順③:パーティの連携を……
▶ 「連携」の定義を再検討中。
▶ 噛み合わない歯車が連携するとは、どういうことか。
▶ 処理継続。
夕暮れの廊下を、四つの影が並んで歩いていた。
まだ噛み合っていない。でも、同じ目的地が見えている。
それだけで、今は十分だった。
― Episode 04 了 ―


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