Epic Chronicle
魂の駆動OS
― 噛み合わない歯車たちの叙事詩 ―
Episode 03
野営の夜、それぞれのOSが独り言をいう
魔の森へ迷い込んだ四人は、陣形も作戦もないまま魔物と遭遇。ばらばらに動きながらも、なぜか勝利した。アルディスは「手順なしに機能するOSが存在する」という事実を、まだ処理しきれずにいる。
魔の森を抜けたのは、日が暮れる直前だった。
森の出口には小さな開けた場所があり、岩が風よけになっていた。水場も近い。アルディスが「野営地として適切です」と判断し、四人はそこで一夜を過ごすことにした。
ガレオンが無言で薪を集め、フィリアが「焚き火の魔法使える気がする!」と言って小さな炎をなんとか起こし、セレナが「火の安全な距離は最低でも一メートル以上です……えっと、その根拠となる資料が手帳の第三章に……」と言いながら全員の座る位置を調整した。
炎が落ち着くころには、すっかり夜になっていた。
焚き火は静かに燃えていた。
四つの影が、それぞれの間隔を保ちながら、炎を囲んでいた。
最初に口を開いたのは、意外なことにガレオンだった。
「……おまえら、元いた世界では何をしていた」
質問というより、独り言に近い声だった。炎を見つめたまま、誰かに向けて言っているわけでもなさそうで。
「私? 学生! 今日も授業サボって図書館で魔法の本読んでたら、気づいたらここにいた。ラッキー!」
「……ラッキーなのか、それは」
「だって本物の異世界だよ? 最高じゃん!」
ガレオンは何も言わなかった。アルディスは少し考えてから、答えた。
「私は、会社員でした。企画職で……毎日、資料を作って、手順を確認して、承認を取って。それが自分の仕事です」
「……なるほど。だから手順手順うるさいのか」
「……うるさいですか」
「うるさい。だが……まあ、そういうやつが一人いると、確かに助かることもある」
それはガレオンにしては、異例なほど素直な言葉だった。本人も少し驚いたように口を閉じた。
▶ OS:シールド・エゴ 自動防衛ログ
▶ 警告:過度に肯定的な発言を検出
▶ 防衛処理:「だがまあそういうやつが一人いると」という留保を挿入 [完了]
▶ 補足:褒めたわけではない。事実を述べただけだ。俺は正しい。
視線がセレナに向いた。セレナは手帳を膝の上に置いたまま、炎をじっと見ていた。
「セレナさんは?」
「わ、私は……神殿の見習い司祭でした。魔法の勉強をしながら、毎日儀式の手順を確認して……あの、失敗が怖くて。何かやるたびに、本当にこれで合っているか、何度も何度も確かめないと、怖くて動けなくて」
セレナの声は静かで、でも炎の揺らぎの中に、何か重たいものが混じっていた。
「……だから今日、咄嗟に魔法をかけられたとき、自分でも少し驚いたんです。確認が足りなかったのに、ちゃんと発動して……」
「助かりました。本当に」
セレナは少し目を丸くして、それからほんの少し、笑った。
▶ OS:セーフティ・レクイエム 状態ログ
▶ 今日の魔法:確認回数 推奨値を大幅に下回る [警告]
▶ しかし:結果は正常 [確認]
▶ 処理中……「確認が足りなくても、うまくいくことがある」
▶ このデータを、受け入れるべきか。検討中。検討中。検討中。
フィリアは炎の向こう側で、膝を抱えて星を見上げていた。 さっきまであれほど動き回っていたのに、今は珍しく静かだった。
「……フィリアさん、珍しいですね。黙っているのが」
「星、数えてた。……ねえ、あの星、元いた世界にもあったと思う?」
誰も答えられなかった。
「私ね、元の世界、そんなに好きじゃなかったんだよね。毎日おんなじで、面白くなくて。だからここに来たとき、ラッキーって思ったのは本当なんだけど……」
フィリアは少し間を置いた。
「……猫がいたんだよね。家に。名前、ソラっていって。あいつ、今ごろごはん待ってるかも」
▶ OS:フラッシュ・リープ 現在の処理状況
▶ 通常:興味対象を検出次第、即座に跳躍 [アクティブ]
▶ 現在:跳躍先なし。演算停止中。
▶ 「ソラ」という固有名詞を検出。処理方法:不明。
▶ ……このまま、少しだけ、止まっていてもいいか。
ガレオンが、ぼそりと言った。
「……俺には、弟がいる」
誰も何も言わなかった。ただ、炎が揺れた。
「俺がいなくなって、困っているだろう。……俺がいないと、あいつは何もできないからな」
「あいつは俺がいないと何もできない」。……本当にそう思っているのか。それとも、「俺がいなくなって、あいつが悲しんでいたら」という考えを、防衛のために言い換えているだけなのか。……処理保留。
アルディスは炎を見ながら、今夜起きたことを頭の中で整理した。
ガレオンは強がりの裏に、誰かを心配する気持ちを持っている。フィリアの自由奔放さの底には、置いてきたものへの静かな寂しさがある。セレナの慎重さは、恐れから来ているのかもしれない。
自分は、この三人のことを「OSが違う」として処理していた。でもOSの裏に、それぞれの理由がある。
▶ OS:ロジカル・アイアン 夜間処理ログ
▶ 本日の新規データ:
▶ ガレオン:防衛の裏に、守りたいものがある
▶ フィリア:跳躍の裏に、置いてきたものがある
▶ セレナ:慎重さの裏に、傷ついた記憶がある
▶ 処理中……「OSを理解する」とは、動作を分析することではなく
▶ その裏にある「なぜ」を知ることかもしれない。
▶ ……手順書には、書いていなかった。
焚き火が、静かに燃え続けていた。
フィリアはいつの間にか眠っていた。ガレオンは背を向けて横になっていたが、その呼吸は穏やかだった。セレナは手帳を閉じて、膝の上で両手を重ねたまま目を閉じていた。
アルディスは最後まで起きていて、見張りを続けた。
それは手順として正しい行動だった。でも今夜だけは、手順のためではなく、この三人の眠りを守りたいと思って、そうしていた。
――それもまた、ひとつの「正しい手順」かもしれない、と思いながら。
― Episode 03 了 ―


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