Epic Chronicle
魂の駆動OS
― 噛み合わない歯車たちの叙事詩 ―
Episode 02
魔の森と、誰も聞いていない作戦会議
異世界エクウィリオスに突然現れた四人。論理の鎧に守られた剣士アルディス、強がりの重装騎士ガレオン、思考が光速でワープする魔法使いフィリア、300回シミュレートしないと動けない司祭セレナ。噛み合わないまま、しかし同じ方向へ。四つの歯車が、動き始めた。
旅が始まって半日も経たないうちに、最初の試練が訪れた。
王都へ続くラグナルド街道の途中、道が二股に分かれていた。右は正規の街道で、標識には「王都まで二日半」と書かれている。左は細い獣道で、その先に黒々とした森が広がっていた。標識には「魔の森・立入禁止」とある。
問題は、右の街道が途中で崩落していたことだ。迂回するにも、大きな岩が道を完全に塞いでいて邪魔をしている。
アルディスは状況を確認し、頭の中でルートを組み直した。
▶ 状況分析開始
▶ ルートA(正規街道):崩落により通行不可 [×]
▶ ルートB(魔の森経由):危険度・不明。立入禁止 [△]
▶ ルートC(引き返して別ルートを探す):所要時間・不明 [△]
▶ 最善手順の算出中……
▶ 警告:十分な情報なしに手順を確定することは推奨されません。
「状況を整理します。正規ルートは通行不可。選択肢は魔の森を通るか、引き返すかの二択です。まず全員で情報を出し合い、判断材料を揃えてから――」
言い終わる前に、フィリアが左の獣道へ三歩踏み出していた。
「決まり! 森のほうが絶対おもしろいし、近道だし、あと魔の森って名前がかっこいいし! 行こ!」
「待ってください、まだ判断材料が――」
「判断した! もう判断したから大丈夫!」
「判断した」と「判断材料が揃っている」は、まったく別の概念だ。しかしフィリアのOSにそれを説明するための効率的な手順が、現在のところ見当たらない。処理中……。
結局、四人は魔の森へ入ることになった。
正確に言えば、フィリアが先に入ってしまったので、置いていくわけにもいかず、全員が渋々ついていく形になった。ガレオンは「俺はこの判断に賛成していない。何かあってもフィリアのせいだ」と一言残してから、重い足音を立てて森に入った。セレナは入口で立ち止まり、手帳を広げて「森への立入に際するリスク確認チェックリスト」を読み上げはじめたが、アルディスに「歩きながらお願いします」と促されて、ぶつぶつ言いながら進んだ。
森の中は、思ったよりずっと暗かった。 木々の葉が空を覆い、足元には苔と堆積した落ち葉でいっぱい。遠くから何かの鳴き声が聞こえるものの、それが何の生き物なのかはわからなかった。
アルディスは歩きながら、周囲を観察し続けた。
森に入って三十分ほどで、最初の魔物と遭遇した。
大型の狼に似た生き物が三頭、前方の茂みから現れた。目が赤く光っていて、低い唸り声を上げている。
アルディスは剣を抜きながら、頭の中で迎撃手順を組み立てた。
「三頭います。まず左右に散開して包囲を避け、次に――」
「まんなかのやつ、目が一番光ってる! たぶんリーダー! 倒す!」
フィリアはすでに魔法の詠唱を始めていた。黒いローブが揺れて、指先に暗い炎が集まっていく。
「待って、まず陣形を――!」
フィリアの魔法が放たれた。闇色の炎が中央の魔物を直撃し、派手な爆発とともに一頭が吹き飛んだ。残り二頭がその爆風に怯んで、一瞬動きを止める。
「ちっ……! 押し込んでやる」
ガレオンが盾を構えたまま、正面から一頭に突っ込んだ。重装備の体重を乗せた体当たりは凄まじく、魔物が岩に叩きつけられてそのまま動かなくなった。
残り一頭が、アルディスに向かって跳躍した。
「アルディスさん、防護魔法、かけ、ます……! でもちょっと待ってください、詠唱の安全確認が……!」
「今すぐお願いします!」
セレナが半ば叫ぶように詠唱し、淡い光がアルディスを包んだ。魔物の爪がその光に弾かれて、アルディスは体勢を崩さずに剣を振るうことができた。一撃で、最後の一頭が倒れた。
沈黙が戻った。
四人は、それぞれ息を整えながら、戦いの余韻の中に立っていた。
陣形なし。作戦会議なし。全員がばらばらに動いた。にもかかわらず、結果として三頭を倒した。これは……どう評価すればいい。手順を無視した勝利は、勝利として計上していいのか。処理中。
戦闘後、アルディスは全員を集めようとした。
「今の戦闘を振り返って、次回のために作戦を立てておきたいと思います。まず陣形についてですが――」
「あ! あの木、実がなってる! 食べられるやつかな! ちょっと見てくる!」
フィリアは走り去った。
「作戦会議など不要だ。さっきの戦いで問題があったとすれば、それはフィリアが勝手に動いたせいだ。俺は正しく動いた」
「あなたも陣形確認の前に突撃していましたが」
「……状況判断だ。俺の判断は正しかった。結果がそれを証明している」
ガレオンは会話を打ち切るように背を向けた。アルディスはセレナのほうを向いた。
「セレナさん、防護魔法、ありがとうございました。あのタイミングで詠唱してくれて助かりました」
「あの……本当はもう少し確認してから使いたかったんですが……でも、間に合ってよかったです。あと、次回のために今の魔法の副作用についてまとめた資料を作っておきますね。えっと、項目が43個あって……」
アルディスは頷きながら、もう一度「作戦会議」を試みることを、そっと諦めた。
作戦会議の開催:失敗。参加者の確保すら困難だった。しかし……セレナの魔法は確かに機能した。ガレオンの突進も、フィリアの先制攻撃も、結果として機能した。手順なしに機能するOSというのが、この世界には存在する。それを、どう受け止めるべきか。まだ処理中。
遠くでフィリアが「この実、甘い! みんなも来て!」と叫んでいた。
アルディスは小さくため息をついて、その声のほうへ歩き出した。
魔の森は、まだ先が長い。
― Episode 02 了 ―


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