Dark End -if-
Act.4「捕獲」
お姉様は、強い人でした。
あたくしがかっこを侵食していく間も、お姉様は一人で戦い続けていました。怒り、泣き、諭し、無視し、全ての手段を使い果たしても、折れなかった。
本来であれば、お姉様も「折れる」はずでした。かっこの「何もしなくてよかったんだよ」で、最後の糸が切れて。
でも、この世界のお姉様は、切れませんでした。
かっこにとどめを刺されてもなお、歯を食いしばって、膝をついてもなお、立ち上がろうとした。
「……違う……っ! あたしは……まだ……!」
泣きながら。声を枯らしながら。それでも「受け入れない」と叫び続けた。
強い。本当に強い。
でもね、お姉様。
強く抵抗すればするほど、落ちたときの反動は大きいんですのよ。
お姉様の意識が「あっちの世界」に引きずり込まれたのは、抵抗の果てでした。
ノイズが走った。でも、あのときは「修正」として機能したそれが、ここでは「崩壊」として機能しました。
お姉様が限界まで抗った瞬間、世界の構造そのものに亀裂が入って、お姉様の存在がその亀裂の中に吸い込まれた。
正常な世界にしがみつこうとした力が強すぎて、手を放したときに反対側へ弾き飛ばされた。振り子のように。
お姉様は消えました。
リビングから。部屋から。あたくしたちの世界から。
代わりに、「あっちの世界」に、落ちました。
――暗い。
目を開けた。何も見えない。
体が重い。手足が動かない。いや、動くけれど、何かに繋がれている。冷たいもの。硬いもの。
鎖。
手首に。足首に。首に。薄く、でも確実に、わたしの体を壁に縛りつけている。
ここ、どこ。
暗闇。でも、完全な暗闇ではない。遠くに、ぼんやりとした光がある。テレビのスタンバイランプみたいな、小さな赤い光。
わたしは――長女は――座り込んだまま、壁に背中を預けていた。
記憶がある。さっきまでリビングにいた。かっこといーちゃんに追い詰められて。泣いて。叫んで。それでも折れなくて。
折れなかったから――ここにいるの?
「受け入れない」と叫び続けた結果、世界がそのまま反転した。わたしだけを残して。
「……ここ……どこ……」
声が反響した。狭い空間。壁と天井と床。部屋のような場所。でも窓がない。ドアがない。
鎖を引っ張った。びくともしない。
「……だれか……」
返事はなかった。
赤い光だけが、明滅していた。
どれくらい時間が経ったのか分からない。
暗闇の中で、わたしはただ座っていた。鎖の重さに慣れ始めている自分が怖い。
足音が聞こえた。
暗闇の向こうから。こつ、こつ、と。規則正しく。近づいてくる。
光が差した。小さな光。誰かが持っているランプのような、ぼんやりとした光。
その光の中に、顔が見えた。
「……かっこ……?」
かっこだった。
でも、かっこじゃないみたい。
目が違う。あの子の目は、もっと明るくて、もっと生意気で、もっと温かかった。今の目は、澄んでいるけれど温度がない。ガラス玉みたいに綺麗で、ガラス玉みたいに冷たい。
「すーねーちゃん」
声は穏やかだった。
「ここ、暗いでしょ。寂しくない?」
わたしは鎖を引っ張った。がちゃり、と音がした。
「……出して。お願い。ここから出して」
「出せないよ。すーねーちゃんは、ここにいなきゃいけないから」
「なんで……!」
「だって、すーねーちゃん、抵抗したでしょ? あんなに必死に。あんなにボロボロになりながら」
かっこが、わたしの前にしゃがんだ。目線を合わせるように。
「抵抗した人は、ちゃんと向き合わなきゃいけないの。自分自身と」
意味が分からなかった。
「向き合うって……何に……」
「すーねーちゃんが守ろうとしたもの。すーねーちゃんが信じてたもの。それが本当に正しかったのか」
かっこの手が伸びて、わたしの顎に触れた。指先が冷たかった。
顎を持ち上げられる。上を向かされる。暗闇の天井を見上げる形になった。何も見えない。
「すーねーちゃん。上を向いて」
かっこの声が、耳元で囁くように。
「これから、ひとつずつ教えてあげるから」
「……なに、を……」
「すーねーちゃんが信じてたもの全部が、どれだけ無意味だったか」
指が、顎から離れた。
わたしの頭が、がくんと落ちた。
足音が遠ざかっていく。こつ、こつ、こつ。
「また来るね、すーねーちゃん。明日も。明後日も。毎日」
光が消えた。
暗闇だけが残った。
鎖の音だけが、静かに、静かに響いていた。


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