出会いの、みきょんじゅり[第5話]

出会いの、みきょんじゅり
第 5 話

「ふたつの世界」

語学交換を始めて3ヶ月ほど経った頃から、俺たちは「語学交換」という看板を掲げる必要がなくなっていた。

普通に会って、普通に飯を食って、普通に話す。それだけの関係になっていた。週1だった頻度が週2になり、気づけば仕事の後にふらっとメッセージを送り合うようになっていた。


「Today very tired. You?」

「おなじ。つかれた」

「Tsukare nakama!」

「なかま、って言葉よく知ってんな」


つかれ仲間。彼女はそういう言葉の組み合わせが妙にうまかった。正しい日本語かどうかは怪しいが、意味は伝わるし、何より笑える。


付き合っていたのか、と聞かれると、この時点では微妙だ。告白みたいなものはなかった。手を繋いだこともない。ただ、毎週会いたいと思っていたし、メッセージが来ると嬉しかった。それが何なのか、名前をつけるのを避けていた。

名前をつけたら、壊れるかもしれないと思っていた——なんて言えば格好いいが、実際のところは単にビビっていただけだ。外国人の彼女と付き合うということが、俺の日常にどう影響するのか、想像がつかなかった。


だが、名前をつけなくても、変化は勝手にやってくる。

距離が近くなればなるほど、「違い」が見えてきた。


最初に戸惑ったのは、彼女の距離感だ。物理的な意味の。

歩いているとき、彼女はごく自然に腕を組んでくる。肩がぶつかるくらいの距離で歩く。座っているとき、膝が当たっても気にしない。俺が少し身を引くと、彼女はまた自然に距離を詰めてくる。

ヨーロッパでは普通なのかもしれない。友人同士でもハグをするような文化圏だ。だけど俺は日本人だ。パーソナルスペースという概念が、骨の髄まで染み込んでいる。

嫌なわけじゃない。嫌じゃないから、余計に困る。


もうひとつ。彼女は感情を隠さない。

嬉しいときは声を上げて笑うし、悲しいときは顔に出す。怒ったときは——これは初日に経験したが——遠慮がない。思ったことをそのまま口にする。


「ネェ、ナンデ、ニホンノヒト、キモチ、イワナイ?」


ある日、彼女がそう聞いてきた。


「言わない?」

「ウレシイトキ、ウレシイ、イワナイ。カナシイトキ、カナシイ、イワナイ。ダイジョウブ、ダイジョウブ、ッテ。ホントハ、ダイジョウブジャナイノニ」


嬉しいときに嬉しいと言わない。悲しいときに悲しいと言わない。大丈夫じゃないのに大丈夫と言う。なぜ?

——まいったな。核心を突かれた気がした。


「……それが日本の文化なんだよ」

「ブンカ?」

「そう。あー……かるちゃー」

「カルチャー、ワカル。デモ、カルチャーダカラ、キモチ、ガマンスルノ、ヨクナイ」


文化だからって、気持ちを我慢するのはよくない。

正論だ。ぐうの音も出ない。だけど、正論が正しいとは限らない——いや、正論は正しいから正論なんだが、正しいことが常に実行できるわけじゃないんだよ。


「ゆー、あー、らいと。ばっと、でぃふぃかると」

「ディフィカルト?」

「むずかしい」

「ンー。ワタシモ、ニホンデ、ムズカシイコト、アル」

「たとえば?」


彼女は少し考えてから言った。


「ホンネト、タテマエ」


驚いた。そんな言葉、どこで覚えたんだ。


「ニホンノヒト、トキドキ、ナニガ、ホントウカ、ワカラナイ。ヤサシイケド、ホントウニ、ヤサシイ?エンリョ?ワカラナイ」


優しいけど、本当に優しいのか、遠慮なのか、わからない。

それは——日本人の俺だって、わからないときがある。


「でも、お前の国にもあるんじゃないのか。言ってることと思ってることが違うこと」

「アル。アルケド、ニホンハ、モット……フカイ?」


深い。確かにそうかもしれない。本音と建前は日本文化の地層みたいなもので、何百年もかけて積み重なっている。表面だけ見ても掘り当てられない。

こういう話ができるようになったこと自体が、俺たちの距離が縮まった証拠だった。出会った頃は「ミキョンジュリ」すら通じなかったのに、今は「本音と建前」について議論している。

だけど、距離が縮まるということは、良いことばかりじゃない。


ある日のことだ。


一緒に夕飯を食べに行った。俺が好きなラーメン屋に連れて行った。カウンターだけの小さな店で、注文してから出てくるまで5分もかからない。俺はいつもの調子で、黙々と食べた。ラーメンは伸びる前に食え。それが俺の信条だ。

食べ終わって横を見ると、彼女がまだ半分しか食べていなかった。しかも、何か不満そうな顔をしている。


「どした?口に合わなかった?」

「……ラーメン、オイシイ」

「じゃあ何だよ、その顔」

「ワタシノクニデハ、ゴハン、イッショニ、タベル。ハナシナガラ、タベル。ユックリ、タベル」


俺は黙って1人で先に食べ終わった。彼女は一緒に食べたかった。話しながら、ゆっくり。


「……ラーメンは、早く食わないと伸びるんだよ」

「ノビテモ、イイ。イッショニ、タベタイ」


伸びてもいい。一緒に食べたい。

俺はそのとき、ラーメンが伸びるか伸びないかの問題じゃないことくらい、わかっていた。彼女が言いたいのは、食事は栄養を摂る時間じゃなくて、2人の時間だということだ。

だけど俺は、わかっていながら、素直に謝れなかった。


「……次はもう少しゆっくり食うよ」

「ホント?」

「ほんと」

「ヤクソク?」

「やくそく」


彼女はようやく笑って、残りのラーメンを食べ始めた。伸びきったそれを、旨そうに食べた。


小さなことだ。たかがラーメンの食べ方だ。だけど、その奥にあるのは「2人の世界をどうすり合わせるか」という、もっと大きな問いだった。

俺には俺のやり方がある。彼女には彼女のやり方がある。それは育った国も、話す言葉も、見てきた景色も全部違うんだから、当然だ。


問題は、違いがあることじゃない。違いがあるとわかった上で、どうするかだ。


自分を曲げるのか。相手に合わせるのか。それとも、どちらでもない3つ目の答えを探すのか。

俺たちは、その3つ目を探し続けていたんだと思う。


彼女は日本の文化を尊重してくれた。靴を脱ぐことも、箸の使い方も、電車で静かにすることも、嫌がらずに受け入れた。むしろ楽しんでいた。

俺も少しずつ変わっていった。感情を言葉にすることを、意識するようになった。「楽しい」と思ったら「楽しい」と言う。「ありがとう」を声に出す。当たり前のことだが、俺にとっては当たり前じゃなかった。


そうやって、少しずつ、互いの世界を混ぜていった。

完全には混ざらない。水と油みたいに分離するときもある。だけど、振り続けていれば、ドレッシングくらいにはなる。分離しても、また振ればいい。


——なんて、うまいこと言ったつもりだが、そのときは全然そんな余裕はなかったんだ。毎回手探りで、毎回少しずつ失敗して、毎回少しずつ学んで。

でも不思議と、しんどくはなかった。仕事の人間関係で擦り切れていた俺が、この人との関係では擦り切れなかった。


なぜだろう、とは考えなかった。でも、今ならわかる。

彼女は、俺に嘘をつかなかったからだ。


嬉しいときは嬉しいと言い、怒るときは怒り、悲しいときは泣く。裏表がない。本音と建前がない。それが時に面倒で、時にぶつかる原因にもなった。だけど、少なくとも「この人が何を考えているかわからない」という不安だけはなかった。

俺が仕事で疲れていたのは、成果の問題じゃなかった。何が本当で何が嘘かわからない人間関係に、消耗していたんだ。彼女といるとき、その消耗がなかった。


ふたつの世界は、確かに違う。だけど、違うからこそ見えるものがある。自分の世界を外側から照らされて、初めて気づくことがある。

彼女は俺にとって、そういう存在になりつつあった。


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