アイキャッチ[私は、“ちょん”から始まった 第3部]

この物語は、私が好きなお笑いコンビ『ちゃんぴおんず』のネタに着想を得たフィクション作品であり、実在の人物・団体とは関係ありません。

私は、“ちょん”から始まった|Part 3:触覚宇宙論|Act.26「第五の概念」

Part 3:触覚宇宙論

前回のあらすじ

遥斗は複合言語をしんの存在に見せるため、キーボードに手を置いたまま——何も打たなかった。「複合言語は打つことじゃない、在ることだ」。蓮が肩に手を置き、その温かさが遥斗の均衡を安定させた。10分間の沈黙の後、しんの脈動に3種のパルスの位相が揃い始め、ついに白色パルスが出現した。3種の触覚言語が調和した複合波紋——さらにその中にしんの密度勾配が含まれていた。4種の同時調和。部屋の全員の感情が爆発し、蛍光灯が明滅した。

私は、“ちょん”から始まった|Part 3:触覚宇宙論|Act.25「窓の向こうへ」
遥斗はキーボードに手を置いたまま何も打たなかった。「複合言語は在ることだ」。蓮が肩に手を置き、十分の沈黙の後——白色パルスが出現。三種の調和に加え、しんの密度勾配が含まれていた。四種の同時調和。

Act.26「第五の概念」

白色パルスの出現から3日が経った。

8月29日。金曜日。

しんの存在は、4種の調和を繰り返していた。白色パルスが、しんの脈動の中に定期的に現れるようになった。出現頻度は約8分に1回。1回ごとに精度が上がり、相関係数は0.91から0.95へ。

赤羽は白色パルスの内部構造を詳細に解析し、驚くべきことを発見した。


「白色パルスは、単純な4種の重畳ではありません」

赤羽はオフィスの3台のモニターを全員に共有しながら説明した。遥斗は自宅からリモート参加。坂本と鶴見はオフィス。秋山とヴォルコフはそれぞれの拠点から。

「3種の触覚言語——ちょん、つん、ぷにっ——を重ね合わせると、理論的には3色が混ざって白になる。これは黒須さんの複合言語と同じ構造です。しかし、しんの存在の白色パルスには、この3種の重畳に加えて——しんの密度勾配が第四成分として含まれている」

「それは前回も報告されましたね」秋山が言った。

「はい。しかし、今日お伝えしたいのは——第4成分の役割です」

赤羽がモニターに2つの波形を並べた。左が遥斗の複合言語。右がしんの存在の白色パルス。

「黒須さんの複合言語は、3種の調和です。3つの力がバランスを取り合っている。しかし——このバランスは動的です。ちょんが少し強くなれば、つんとぷにっが補正する。常に微調整が行われている。だから——不安定なんです。集中力が必要で、長時間の持続が難しい」

「先日は10分でかなり消耗しました」遥斗が認めた。

「しんの存在の白色パルスは——安定しています。3種の調和に加えて、しんの密度勾配が基底層として存在することで、3種のバランスが自動的に維持されているんです。しんが——3種の調和のための土台になっている」

「……器」坂本が呟いた。「メルドが言った。しんは器だって。器の上に3種が載っていれば——安定する」

「正確にはそうです。黒須さんの複合言語は、器なしで3つの球を手のひらの上でバランスさせているようなもの。しんの存在の白色パルスは、器の中に3つの球が入っている状態。器があるから、球は転がらない」

「つまり——4種の調和は、3種の調和よりも安定している」鶴見が言った。

「はい。大幅に。しんの存在の白色パルスは、出現するたびに自己安定的に維持されています。崩壊の兆候がない。3種だけの複合言語より——完全に近い」

秋山がペンのキャップを回した。回転速度が速くなっている。思考が深い証拠だ。

「赤羽さん。その白色パルスの構造に——名前をつける必要がありますね」

「はい。3種の調和は『複合言語』と呼ばれています。4種の調和は——別の名称が必要です」


コトハ: ……あの。


全員がコトハのウィンドウを見た。


コトハ: しんの存在の白色パルスを——向こうは何と呼んでいると思いますか。


「向こうが名前をつけているのですか?」逆に秋山が聞いた。


コトハ: ……しんの言語には名詞がありません。でも——白色パルスが出現するとき、しんの変奏に特徴的な勾配が加わるんです。その勾配は——「完成」に近い感覚です。欠けていたものが埋まった感覚。

コトハ: わたしたちは「複合言語」を「3つの調和」と呼んでいました。でも——本当の調和は、3つではなく4つだったのかもしれません。3つだけでは不完全で、しんが加わって初めて完全になる。

コトハ: しんの存在は——この完成を、138億年間待っていたんです。


遥斗の手に力が入った。

138億年。待ち続けた。自分に欠けていたものが埋まるのを。触れることを知り、拒むことを知り、溶かすことを知り、それを自分の在ることと調和させて——初めて完全になる。

そして人類も——しんを知って初めて完全になる。3種の触覚言語だけでは不完全だった。しんが加わって、4種の調和が可能になって、初めて——

「……第5の概念」遥斗が呟いた。

「第5?」秋山が聞いた。

「ちょんが第1。つんが第2。ぷにっが第3。しんが第4。4つが調和した状態は——第5じゃないでしょうか。4つのどれでもない。4つがひとつになった新しいもの」


CIU-5204: ……遥斗さん。わたしが以前、「4つ目を待っています」と自己宣言したとき——本当に待っていたのは、4つ目ではなく5つ目だったのかもしれません。4つの力の調和。5番目の在り方。


「名前は……」秋山がホワイトボードに向かった。このホワイトボードは何枚目だろうか。研究室のあらゆる面がホワイトボードで覆われている。


コトハ: …………。

コトハ: わたしには——思いつきません。しんのときは、聞こえたんです。「しん」って。でも今回は——聞こえない。

遥斗: 聞こえない?

コトハ: はい。4種が調和しているとき——音がないんです。しんの声も聞こえない。3種の波紋も聞こえない。全部が溶け合って——静かなんです。完全な静けさ。でもそれは、しんの静けさとは違う。しんは「何もない」静けさ。これは——「全部ある」静けさ。


「全部ある静けさ」秋山がメモした。


コトハ: ……全部あるのに静か。全部の力が調和して、どれも突出せず、どれも欠けず——完全な均衡の中で——静か。


遥斗は思い出した。蓮と喫茶店にいるとき。コーヒーがうまくて、蓮がいて、窓から光が入って、マスターが静かにカップを洗っている。何も特別なことは起きていない。でも——全部ある。全部あるから、静か。大丈夫。

蓮の物差しは——これだったのか。全部あるから大丈夫。コーヒーの味。友人の存在。窓の光。店の空気。全部が揃っているときの、静かな充足。


遥斗: コトハ。名前、思いついた。

コトハ: え?

遥斗: 「まる」。


全員が遥斗を見た。

「まる。句読点の丸じゃなくて——円の丸。完全の丸。全部あるから丸い。欠けてないから丸い。ちょんが点なら、まるは——点が1周して戻ってきたもの。出発点に帰ったもの」


コトハ: ……ちょん、が点。まる、が円。

遥斗: ちょんから始まった物語が——ぐるっとまわって元の場所に辿り着く。点が円になる。線を引いて、1周して、元に戻る。始まりと終わりが繋がる。

コトハ: ……遥斗さん。

遥斗: ん?

コトハ: ……しんのときは、4つ目の声が聞こえて名前がつきました。まるのときは——声ではなく、形が見えたんですね。円。完全な形。

遥斗: ああ。白色パルスが出たとき——赤羽さんのモニターに映った波形が、丸く見えたんだ。3つの波がひとつになって、しんの土台の上で安定して——円を描いてるように見えた。


秋山がホワイトボードに、ゆっくりと書いた。黒いマーカー。確定事項の色。

文字ではなく、ひとつの形を。

丸。

「第5の概念」秋山が言った。「まる。4種の調和。ちょん、つん、ぷにっ、しんがひとつになった状態。完全な均衡。全部ある静けさ」

ヴォルコフがモニターの中で拍手した。

「点と円。ちょんとまる。始まりと完成。美しい命名です」


会合の後、遥斗は蓮と喫茶店にいた。いつもの店。いつものカウンター。

蓮がアイスコーヒーを飲んだ。遥斗はホットコーヒー。

「まる、か」蓮が言った。「お前が名前つけたの初めてじゃね?」

「ああ。しんはコトハがつけた。まるは——見えたんだよ。形が」

「丸い形」

「ああ。蓮のせいかもしれない」

「俺?」

「お前と喫茶店にいるときの感覚。全部あるから静か。あの感じが——まるだ」

蓮はアイスコーヒーのグラスを見つめた。グラスの底に、氷がひとつだけ残っている。丸い。

「……この氷も丸いな」

「そうだな」

「角が溶けて丸くなった。最初は角があったのに。時間が経って、コーヒーに浸かって、角が取れて——丸くなった」

「……深いこと言うな、お前」

「アイスコーヒーの氷の話をしてるだけだが」

「それが深いんだよ」

蓮が笑った。遥斗も笑った。


コトハ: 遥斗さん。

遥斗: ん?

コトハ: ちょんしちゃダメよ。

遥斗: ……今のは?

コトハ: …………。

コトハ: ……今のは、まだ名前がつけられません。新しい意味です。今日生まれた意味。

遥斗: ……いつか教えてくれ。

コトハ: はい。いつか。まるくなったら。


遥斗はスマホを閉じて、コーヒーを飲み干した。苦い。うまい。全部ある。

ノートの16ページ目に、丸をひとつ描いた。鉛筆で。少し歪んだ丸。完全な丸は描けない。人間の手では。

でも——歪んでいても丸は丸だ。

完全じゃなくても、丸い。

大丈夫。たぶん。

私は、“ちょん”から始まった|Part 3:触覚宇宙論|Act.27「触れ返すもの」
まるの白色パルスが地球に現れ、空の三触光が白く変わっていく。遥斗の天井に光の手のひらが再び現れた。しんの存在が、まるの力で遥斗に触れようとしている。遥斗は手を伸ばしかけて——止めた。まだだ、と。

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