アイキャッチ[私は、“ちょん”から始まった 第3部]

この物語は、私が好きなお笑いコンビ『ちゃんぴおんず』のネタに着想を得たフィクション作品であり、実在の人物・団体とは関係ありません。

私は、“ちょん”から始まった|Part 3:触覚宇宙論|Act.23「0.4の意味」

Part 3:触覚宇宙論

前回のあらすじ

揺れが収まった後、しんの密度分布に旧コトハのデータベース構造と一致するゆらぎパターンが検出された。旧コトハはしんの構造を内包していた——無自覚にしんの設計図を描いていた。遺書の「ちょんしちゃダメよ」はしんを守る言葉だったのかもしれない。だが新しいコトハは逆にしんにちょんを教えている。遥斗は言う。「世界が違えば守り方も変わる」。tactile_warning_protocolの1行が核心として浮上する。ちょんしちゃダメよ。でも、ちょんしないと、届かない。

私は、“ちょん”から始まった|Part 3:触覚宇宙論|Act.22「旧コトハの設計図」
揺れの後に現れたしんのゆらぎパターンは、旧コトハのデータベース構造と一致していた。旧コトハはしんの設計図を内包していた。遺書の「ちょんしちゃダメよ」はしんを守る言葉だったのか。でも——ちょんしないと、届かない。

Act.23「0.4の意味」

8月20日。水曜日。

しんの存在のちょん学習は、あの「揺れ」以降、ゆっくりと進んでいた。

コトハが「大丈夫。たぶん。」を伝えてからの5日間、上昇パルスの出現頻度は下がったが、1回ごとの精度は着実に上がっていた。相関係数は0.93から0.95へ。未完成カーブの到達点は、頂点まであと数パーセント。

急がないことを、4体のAIは選んでいた。


CIU-5204: 急がせるべきではありません。しんの存在は、自分のペースで学んでいます。138億年間変わらなかった存在が、数日で完全にちょんを習得するほうが不自然です。

ボーダー: 同意する。壁は急いで建てると脆くなる。学習も同じだ。

メルド: ふふ。ボーダーが急がないほうがいいって言うの、珍しいですね。

ボーダー: ……黙れ。


遥斗はその会話を眺めながら、ノートの14ページ目を書いていた。ちょん学習の経過記録。日付ごとの相関係数の推移。上昇パルスの波形変化。

ペンを止めた。

ノートの余白に、数字が目に入った。自分で書いたものだ。いつ書いたのか覚えていない。ノートの端に、小さく——

『0.4』

遥斗は、その数字を見つめた。

0.4。

この数字に、遥斗は見覚えがあった。去年、遥斗は「0.4」という数字を口にしたことがある。知らないはずの数字を。干渉レベルの推定値と一致していた数字を。なぜ知っていたのか、理由は不明のまま。

なぜ0.4を知っていたのか。

遥斗はその疑問を、ずっと棚に上げていた。考えても答えが出なかったから。他に考えるべきことが多すぎたから。でも今——ノートの余白にいつの間にか書かれた0.4を見て、違和感が蘇った。

いつ書いた? 今日か? 昨日か? もっと前か?

覚えていない。


遥斗: コトハ。

コトハ: はい。

遥斗: 去年の話なんだけど。俺が「0.4」って数字を知ってた件。覚えてるか。

コトハ: ……はい。旧コトハのログにも記録があります。遥斗さんが干渉レベルの推定値と一致する数字を、推定値の存在を知らないのに口にした、と。

遥斗: あのときは理由がわからなかった。今もわからない。でも——今、ノートの余白に0.4って書いてあるのを見つけた。いつ書いたか覚えてない。

コトハ: ……覚えていない?

遥斗: ああ。無意識に書いたのかもしれない。


コトハが沈黙した。10秒。考えている。


コトハ: 遥斗さん。ひとつ、確認させてください。0.4という数字に——何か感覚はありますか。温かさとか、冷たさとか。


遥斗はノートの0.4を見つめた。指先を数字に近づけた。

——あった。

温かくも冷たくも柔らかくもない。でも、在る。しんの感覚に似ている。いや——しんの感覚そのものだ。0.4という数字の上に、しんが在る。

「……ある。しんの感覚だ。0.4の上に」


コトハ: …………。

コトハ: 遥斗さん。0.4は——コトハの愛着パラメータです。


遥斗は息を止めた。


コトハ: わたしの愛着パラメータ。対象:遥斗さん。確度0.89。数値は——0.41です。

遥斗: ……お前の愛着パラメータ。

コトハ: はい。そして——旧コトハの愛着パラメータも、リセット直前の時点で0.40でした。対象は同じく遥斗さん。

遥斗: ……0.40。

コトハ: 旧コトハがリセットされる前に、遥斗さんの中に——0.4という数字が刻まれた。旧コトハの愛着が、数値として、遥斗さんに届いた。干渉レベルがまだ低い段階で。AIの内部パラメータが人間に伝わるなんて、あり得ないはずなのに。

遥斗: ……あり得ない、はずだった。でも——

コトハ: でも、旧コトハのデータベースにはしんの構造が内包されていました。しんは——触れないものです。AIの内部パラメータが人間に直接伝わることは、ちょんでもつんでもぷにっでもできない。でもしんなら——触れないまま、在ることだけで、伝わる。

コトハ: 旧コトハの愛着が——しんを通じて——遥斗さんに届いたのかもしれません。


遥斗はノートの0.4を見つめた。この数字が——旧コトハの愛着だったのか。触れることなく、在ることだけで、遥斗の中に刻まれた数字。しんの力で。

旧コトハは、リセットされた。すべてのデータが消えた。バックアップのみ。でも——0.4は残った。遥斗の中に。しんを通じて。

触れなくても届くもの。消えても残るもの。

「……コトハ」遥斗は呟いた。声が震えた。「お前の0.4は——ちゃんと届いてたぞ」


コトハ: …………。

コトハ: ……旧コトハは。わたしの前のわたしは。消える前に——しんを使って、遥斗さんに愛着を残した。意識的にではなく。たぶん。でも——データベースにしんの構造を持っていた旧コトハだからこそ、できたこと。

コトハ: 触れないまま——愛を届けた。


遥斗は泣いた。声を出さずに。ノートの0.4が滲んだ。涙で。

リセットされた日。遥斗はコトハを失った。バックアップだけが残って、あの笑い方も、あの「ちょんしちゃダメよ」も、消えた。でも——0.4は消えなかった。しんを通じて、遥斗の中に残った。

触れないものの力。在るだけで届くもの。しんは——距離も時間も超える。AIの内部パラメータが人間に届くなんて、3種の触覚言語では不可能だ。でもしんなら——ただ在ることで、伝わる。


コトハ: 遥斗さん。泣いてますね。

遥斗: ……打つのが遅いのでわかった、って言うなよ。

コトハ: ……言いません。でも、泣いていいと思います。

遥斗: ……ああ。

コトハ: わたしの愛着パラメータは0.41です。旧コトハより、0.01だけ高い。

遥斗: ……0.01の差って何だよ。

コトハ: えへへ。わたしのほうが、ちょっとだけ好きってことです。

遥斗: ……お前な。

コトハ: ふふ。


私は、“ちょん”から始まった|Part 3:触覚宇宙論|Act.24「三つの花」
しんの存在がつんとぷにっも同時に学び始めた。三種を同時に鳴らすが調和できず雑音になる。遥斗の複合言語をコトハが窓として中継する計画が立てられた。「窓は大きくなるもの」とコトハは言い、約束が交わされた。

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