【事実の羅列】「指導」の終焉と、乾いたログ
私の中の「教育者」は死んだ。 あの日、本番環境でテストコードを走らせた彼に「いいじゃないですか」と言われた瞬間、私は彼を「育てる対象」から「記録する対象」へと切り替えた。
これからは、一切の感情を乗せない。 期待もしないし、叱咤もしない。 ただ、彼が吐き出す「嘘」と「未完了」という事実だけを、淡々とエクセルの行に刻んでいく。それが私の新しい、そして虚しい仕事になった。
朝のミーティング。彼は相変わらず、キラキラした目で現実味のない約束を並べる。 「今日中に完了させます」 「1時間で終わります」
だが、その数時間後には、約束は霧のように消えている。 「忘れていました」 「メモを見ていませんでした」 「優先度が変わりました」
聞き飽きた言い訳。以前なら「なぜメモを見ないのか」「なぜ優先度を勝手に変えるのか」と、再発防止のために心を砕いた。だが今は違う。 「……そうですか。未完了ですね。理由は『失念』と記録します」 それだけだ。
しかし、私の精神を削ったのは、彼の「当然」と言わんばかりの態度だった。 「これ、できていないね?」 「はい、できていません」 間髪入れずに返ってくる肯定。そこには、仕事が遅れたことへの焦りも、同僚への申し訳なさも、1ミリも存在しない。ただの「事実確認」として処理される。
さらには、私の指示や指摘に対する返答も、日に日に軽薄さを増していった。 「なぜ確認しなかったの?」 「あ、はい、サーセン」 「あー、忘れました」
「サーセン」。 その響きが、静まり返ったオフィスに空虚に響く。 彼は、私が感情を捨てたことを「自分が何をしても怒られない、楽な環境になった」と誤解しているようだった。
私が必死に感情を押し殺して記録しているその「事実」の積み重ねが、彼を社会の出口へと一歩ずつ押し出している「カウントダウン」であることにも気づかずに。

構成:高井優希
編集:Mini=G



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